混合診療解禁の議論は、実は最近に始まったものではありません。
そのはじまりは、国民皆保険の実現と同時あったと言ってもいいくらい歴史の古い争いで、日本医師会が絶対反対を掲げるのもこうした50年近い歴史的な経緯があると考えていいかも知れません。
かつて、「喧嘩太郎」こと武見日本医師会長が保険医総辞退という今では(色んな意味で)考えられないことをやった理由の一つに、「制限診療」というものがありました。
私が生まれる20年前のことなので詳細は不明なのですが、医療費による国費圧迫を避けるために国が治療内容の上限を具体的に設定するというものだったそうです。(官僚のロジックは半世紀何も変わっていないようで…)
もし喧嘩太郎がいなければ、日本は少し前のイギリスのような、がんの手術半年待ちとか、医療を受けるためにアメリカにメディカルツーリズムするが当たり前の国であったかも知れません。
現在多くの医師や仙石内閣官房長官が考えているような、先進医療拡充型の混合診療解禁は、結果的にこの制限診療のバリエーションを招きかねません。
国民の半数が年収450万以下なのですが(http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa08/2-2.html)、それでは地方で自由診療がまともにできるだけの需要が発生するとは思えません。必然的に施設も欧米並みに集約化されていくでしょう。
しかし、デパート業界が地方を中心に次々と撤退しているのをみれば分かるように、地域経済はそんな新たなサービス産業を興せるほどの余力がありません。
恐らく、先進医療を行う専門病院が一地方に一つ残ればマシな方でしょう。(実際、この保険診療下ですら採算がとれないということで北陸に小児病院は存在しない)
地方では先進医療は受けられなくなり、破産覚悟で東京や大阪にメディカルツーリズムに行くようになるだけという結末も想定されうるということは心にとめておく必要があります。
また、少し前では小泉政権下で混合診療解禁の話がありましたが長くなるので、それよりも何故か小泉政策を継承している民主党政権の混合診療解禁に話を移しましょう。
先の衆院選で、医師の多くは自民党から民主党に鞍替えしました。
その理由は、やはり保険医療を推進するというマニフェストに賭けたというのが大きいと思います。
(マニフェストに物申す! 民主党2010参院選正式版 http://firstpenguindoc.blogspot.com/2010/06/2010_20.html 参照)
ですが、あの事業仕分けで「風邪薬、ビタミン剤、湿布薬、漢方薬を保険適応外とする」という混合診療解禁が通りました。
漢方薬については、もはや先端医療に欠かせないもので世界的にも注目されてる最中なので、猛烈な反対署名により撤回されましたが、他がどうなったのかは闇の中です。
ただ、こういう上ではなく下を切り落とすタイプの混合診療解禁もあると言うことは心にとめておく必要があります。
因みに、このタイプの混合診療解禁ですが、一見問題ないように見えて、実は一次予防と二次予防を放棄すると言うことなんです。
例えば、糖尿病の初期治療を自費にしてしまったら、誰も治療を受けず眼症や腎症が増加することは容易に想像できます。(中国では過去にこれをやらかしたことがあるらしいのですが…)
そこまでやらずとも、どうせ風邪だからと放置して、肺炎にまで進展して入院とか孤独死とかは平気で起こるでしょう。
風邪だと思って薬局で適当にやってたら、実は新型トリインフルエンザで気がついたら日本蔓延→今以上に世界へ感染症輸出国認定とか、それくらいは平気で起こりえます。
医療を集団防衛と考えるならば、これほどナンセンスな政策はないでしょう。
財務省は医療費を削るためならあの手この手で迫ってきます。
また、経産省は医療として連続体であるはずの治療以外の医療分野(予防、リハビリ、緩和ケアetc)を成長産業として保険医療から切り離してビジネス化しようともくろんでいます
http://www.meti.go.jp/press/20100630001/20100630001.html
(彼らのやろうとしていることは現行制度化でも十分可能なのであり、国民皆保険制度を否定するのは全くの筋違いとしか思えませんが…)
ある意味ではそれが彼らの存在意義であることは否定しませんが、彼らが隠している/見落としている問題点に気をつけねば、医療の目的そのものが失われかねません。
では、今の完全保険診療は万能かと言えばそうでもありません。
それは、現在医療が崩壊していることが何よりの証明です。
完全な保険診療を継続するのであれば、日本版FDA創設や、医師会や学会に全ての医師が加入し専門的・民主的組織に成長することが重要でしょう。
長々と書いてきましたが、混合診療は「どの様に個人に最高の医療を供給するのか」「どの様に広く国民に最善の医療を供給するのか」「先端科学である故に今後も増大が見込まれる医療費にどう対応するのか」という3次元的な議論であるはずなのです。
そして、これは医療政策のセントラルドグマをどこにおくかという視点から結果的に導かれる問題であるはずです。
しかし、今の混合診療議論は各論ばかりが議論されていて、根管となる総論部分が実は議論されてないのです。
私が前回「総論賛成、各論反対」という次元ではないと言ったのはそういうことです。
末節だけの議論はポイントがずれているばかりか、逆に医療を崩壊させかねません。
もし、混合診療について議論することがあるなら、各論に入る前に「あなたにとって医療とは何ですか」という総論部分が同意できているのかどうかを確認する必要があるのです。
その上で、Sustainability(持続可能性)という視点から議論するべきではないでしょうか。
現在と未来は連続体なのです。
両方を守らずして、片方だけを守ることなの不可能なのですから。
2010年7月4日日曜日
2010年6月29日火曜日
混合診療の論点 前編
混合診療は非常に難しい問題であり、議論しても結論の出ないのは毎度のことである。
しかし、何故そんなことになるか、何故議論がかみ合わないのかという問題をちゃんと分析した文章を私は見たことがない。
今回はそこに切り込んで見たいと思う。
まず混合診療の話が何故混乱するかであるが、私はその理由は、「混合診療」という言葉をあまりに無用心に使っているからではないかと思う。色々な議論をみていて思うのだが、「どんな」混合診療を想定しているのか確認せず議論しているのだ。
実際、多少作為的な日経メディカルのアンケートでは賛成が59%になっている一方、同時期に中立的にとられたm3では賛成が44%と多いものの反対28%、どちらとも言えない28%となっており、医師間ですら問題の共有ができていないことが予想できる。
(余談だが、日経メディカルの一般人では7割が混合診療賛成になってるが、日経メディカル会員というところからして自由診療になってもそう困らない収入を持つ層である。これをもって患者の総意と言うことはできない)
まず混合診療の定義だが、
「保険診療と自由診療を同一医療機関で併用可能にするもの」
と理解しておけば間違いはないだろう。
ここを間違って理解されてると先の話ができなくなるので、確実に理解していただきたい。
つまり、病院Aで保険診療中に病院Bで自由診療をすることは混合診療には当たらず、現在でも可能なのである。
極端な話、メディカルクラスターにして保険診療用の病院と自由診療用の病院を併設して事実上の混合診療を行う事は現在でも可能なはずだ。実際、似たような事をやってる先生もいるらしい。
また、先進医療という制度もある。保険診療化のテストとして限定的に混合診療を認める制度なのだが、現実には自由診療分は校費で、つまり赤字の大学病院が自腹切ってやってる事がほとんどだろう。このため、「日本は既に混合診療を行っている」という主張は、間違いではないが正しくもなく、非常にわかりにくい制度になってしまっている。
この様に「混合診療」というのは非常に限定的な定義であり、ある意味既におこなわれているのである。
その事を知って頂いた上で、本題に入りたい。
では、混合診療の「何を」解禁すると言っているかだが、実はそこが問題なのだ。
恐らく、多くの医師が無意識に考えている混合診療は、先進医療の延長にあるものだ。つまり、現在の保険診療は堅持したままで、保険適応される前の先端医療を日本でできるようにしようというものである。
確かにこれが理想的に運用されるなら医療の安全性と先進性を確保できる。
だが、逆にこれによって、医療費削減の名の下に保険診療が進歩しなくなってしまう可能性や、製薬企業が日本での保険申請を行わなくなる可能性があるのも紛れもない事実であり、それが混合診療反対派の論拠となっている。
医師にとっての混合診療解禁の賛否は、1人でも多くに最高の医療を提供するか、全ての国民に一定の医療を保証するかという問題なのだ。
いってみれば、サービスとしてみるか、福祉としてみるかの違いである。
社会保障としての最終目標が違うのだから、この混合診療の賛否を同列に議論しても結論が出ないのは当然なのである。
しかし、ここで敢えて私見を述べさせていただくなら、これは混合診療反対派の論に分がある。
現在の保険診療下でさえ支払いができず治療中断があるのに、自由診療を拡大するというのは現実的な話だろうか?
また、自由診療には高額療養費の補助もない事を忘れてはならない。
混合診療解禁は、どう考えても患者負担は増えるだろう。
そうなったとき、医師は、金がないなら保険診療だけでやりましょうと言えるのだろうか?
現在、大学が校費で治療を行い、校費が不足したために寄付金を求めればマスコミにバッシングされているのが現実である。
であるならば、大学など高度医療機関は身を削って自由診療をボランティアでやりかねない。
それは一見美談であるが、その先にあるのはさらなる勤務医の環境悪化であり、長期的には日本医療を殺す毒となるだろう。
そうなれば、日本から高度医療の火が消えてしまう。
では逆に、病院側が自由診療なんだから患者が勝手にすればいいと言ったとき、どうなるだろうか?
言うまでもなく、患者とその家族は必死で医療費を集めてくるだろう。
その結果、アメリカの様に医療費が個人破産の主因になるのは間違いあるまい。
渡航臓器移植のために募金を集めているところがよく報道されているが、それが自由診療のための募金にすり替わるだけだろう。
では、そうならない事が担保されれば、一定の条件が満たされれば医師の多くが混合診療を認めるだろうか?
おそらくはその通りだろう。
しかし、だからといって「総論賛成、各論反対」と単純に言うわけにはいかないのだ。
何故なら、官僚は医師とは全く違う混合診療解禁を描いているからである。
しかし、何故そんなことになるか、何故議論がかみ合わないのかという問題をちゃんと分析した文章を私は見たことがない。
今回はそこに切り込んで見たいと思う。
まず混合診療の話が何故混乱するかであるが、私はその理由は、「混合診療」という言葉をあまりに無用心に使っているからではないかと思う。色々な議論をみていて思うのだが、「どんな」混合診療を想定しているのか確認せず議論しているのだ。
実際、多少作為的な日経メディカルのアンケートでは賛成が59%になっている一方、同時期に中立的にとられたm3では賛成が44%と多いものの反対28%、どちらとも言えない28%となっており、医師間ですら問題の共有ができていないことが予想できる。
(余談だが、日経メディカルの一般人では7割が混合診療賛成になってるが、日経メディカル会員というところからして自由診療になってもそう困らない収入を持つ層である。これをもって患者の総意と言うことはできない)
まず混合診療の定義だが、
「保険診療と自由診療を同一医療機関で併用可能にするもの」
と理解しておけば間違いはないだろう。
ここを間違って理解されてると先の話ができなくなるので、確実に理解していただきたい。
つまり、病院Aで保険診療中に病院Bで自由診療をすることは混合診療には当たらず、現在でも可能なのである。
極端な話、メディカルクラスターにして保険診療用の病院と自由診療用の病院を併設して事実上の混合診療を行う事は現在でも可能なはずだ。実際、似たような事をやってる先生もいるらしい。
また、先進医療という制度もある。保険診療化のテストとして限定的に混合診療を認める制度なのだが、現実には自由診療分は校費で、つまり赤字の大学病院が自腹切ってやってる事がほとんどだろう。このため、「日本は既に混合診療を行っている」という主張は、間違いではないが正しくもなく、非常にわかりにくい制度になってしまっている。
この様に「混合診療」というのは非常に限定的な定義であり、ある意味既におこなわれているのである。
その事を知って頂いた上で、本題に入りたい。
では、混合診療の「何を」解禁すると言っているかだが、実はそこが問題なのだ。
恐らく、多くの医師が無意識に考えている混合診療は、先進医療の延長にあるものだ。つまり、現在の保険診療は堅持したままで、保険適応される前の先端医療を日本でできるようにしようというものである。
確かにこれが理想的に運用されるなら医療の安全性と先進性を確保できる。
だが、逆にこれによって、医療費削減の名の下に保険診療が進歩しなくなってしまう可能性や、製薬企業が日本での保険申請を行わなくなる可能性があるのも紛れもない事実であり、それが混合診療反対派の論拠となっている。
医師にとっての混合診療解禁の賛否は、1人でも多くに最高の医療を提供するか、全ての国民に一定の医療を保証するかという問題なのだ。
いってみれば、サービスとしてみるか、福祉としてみるかの違いである。
社会保障としての最終目標が違うのだから、この混合診療の賛否を同列に議論しても結論が出ないのは当然なのである。
しかし、ここで敢えて私見を述べさせていただくなら、これは混合診療反対派の論に分がある。
現在の保険診療下でさえ支払いができず治療中断があるのに、自由診療を拡大するというのは現実的な話だろうか?
また、自由診療には高額療養費の補助もない事を忘れてはならない。
混合診療解禁は、どう考えても患者負担は増えるだろう。
そうなったとき、医師は、金がないなら保険診療だけでやりましょうと言えるのだろうか?
現在、大学が校費で治療を行い、校費が不足したために寄付金を求めればマスコミにバッシングされているのが現実である。
であるならば、大学など高度医療機関は身を削って自由診療をボランティアでやりかねない。
それは一見美談であるが、その先にあるのはさらなる勤務医の環境悪化であり、長期的には日本医療を殺す毒となるだろう。
そうなれば、日本から高度医療の火が消えてしまう。
では逆に、病院側が自由診療なんだから患者が勝手にすればいいと言ったとき、どうなるだろうか?
言うまでもなく、患者とその家族は必死で医療費を集めてくるだろう。
その結果、アメリカの様に医療費が個人破産の主因になるのは間違いあるまい。
渡航臓器移植のために募金を集めているところがよく報道されているが、それが自由診療のための募金にすり替わるだけだろう。
では、そうならない事が担保されれば、一定の条件が満たされれば医師の多くが混合診療を認めるだろうか?
おそらくはその通りだろう。
しかし、だからといって「総論賛成、各論反対」と単純に言うわけにはいかないのだ。
何故なら、官僚は医師とは全く違う混合診療解禁を描いているからである。
登録:
投稿 (Atom)