2010年4月18日日曜日

医師の個人レベルと医療レベル

前回、私は


「医師を増やすのであれば、医師に求めるものを減らさなければならない」



と言いました。しかし、それは日本の医療レベルを下げろと言うことではありません。
そうではなく、医師個人の技術と体力と気力に頼り切った今の医療体制を、インフラとして正しく整備する必要があるということです

今の日本の医療は、スパルタが300人の精兵で、数万のペルシア軍を迎え撃っているのと同じ状態です
体力と気力と戦闘力をもてあました精鋭だけの軍隊なんてところは、日本の医療と素敵なほどそっくりです
映画300だといい感じの印象だけ残ってるかも知れませんが、歴史の現実はしっかり全滅しています
今の日本医療は、ペルシアを食い止めている3日の、最終日にさしかかったところでしょう


まず必要なのは、医師から医師がやらなくてもいい仕事を取り上げることです
医師が医業に専念できる時間が増えると言うことは、極めて単純明快に医師の労働力を増やすことになります

これについては、まさに欧米がいい参考例になります
日本の医師がアメリカで日本と同じような仕事をすれば、コメディカルから「私から仕事を奪うな」と言われることでしょう
(海外では、病院は労働需要を生み出す場としても認識されています)
日本は、仕事も責任も医師に集中させすぎています




同時に手をつけなければならないのは、死文化している病院・診療所の役割分担を厳密に行うことです
1次~3次の医療体制を国民と行政が理解せず、また法もそれに従うことを医師個人に求める限り、日本の医療がシステム化されることはあり得ません
患者の疾患と状態に応じ、適切な規模の病院で適切な治療を行うようにすることが必要です

そのためには患者の集約化が必要であり、同時に中核病院に医師と金も集約化させることが必要です
具体的には、医師法第19条(応召義務)の改正とフリーアクセスの撤廃です
それは、都市部よりも地方にこそ必要なことです



必要なのは、余裕のない病院に余裕をつくることです
公定価格で運営されてるのに病院の7割が赤字で、まともな医療や医学教育が提供できるはずもありません
さらに、医療費は公定価格であるので、企業努力などできる場所がほとんどないのも現実です
この現状を打開するには、結局のところ国レベルでの税金投入による医療費増と住民の協力がなければなりません



臨床研修制度が地域医療を破壊したなどと言われていますが、それは制度とは無関係に純粋に時間の問題でした
余裕のある病院は素晴らしい労働環境を提供でき、 余裕のない病院は過酷な労働環境か劣悪な研修しか与えられない
ただ、それだけのことです
その責は、医学生でなく、行政と住民にこそ向けられるべきです 

また、医師数増員は各病院の機能特化なくして、その効果を発揮することはありません
多様な医師(医学生)を医療現場に受け入れるには、多様な労働環境を提供することが必要だからです



医師を増やすのであれば、病院を普通の人間が働ける環境にし、医師個々人の役割を明確に分担させる必要があるのです

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