2010年4月25日日曜日

医師・患者の前に、人と人して

医療が崩壊した理由について、医師と一般人の認識の解離はすさまじいものがあります


「どんなにつらくても、患者さんの『ありがとう』が聞けたから、僕たちはがんばれた。
でも、これから医師になる君たちはどうなってしまうのだろう」




これは、私が医学生の時に、地域医療に従事する複数の医師から全く別の場所で言われたことです

ネット上の医師からは、医療を破壊した厚労省最大の失策は「患者様キャンペーン 」だとよく言われますが、その心情を素直に表現した言葉だったのでしょう
先週、その深刻さを表す記事がありました




メッセージ:過酷な救急医師に感謝を 県、受診者から募集 /栃木
http://mainichi.jp/area/tochigi/news/20100415ddlk09040132000c.html
 深刻な医師不足の中、過酷な救急医療現場で働く医師に感謝の気持ちを伝えよう--。県は、救急医療機関を受診した患者らを対象に、救急医療に従事する医師に対する感謝のメッセージを15日から募集する。県によると、自治体の試みとしては全国初という。県は「昼夜を問わず働く医師にエールを送りたい」と期待する。
<略>



「感謝のメッセージを募集する」なんて、やってることは幼稚園か小学生に礼儀を教えるレベルです

ですが、この礼儀を失ったからこそ、夕張と銚子から病院が消えました
(逆に、そのことに気づいたからこそ柏原と東金はギリギリで踏みとどまってます)

しかし、これは残念ながら地方だけの問題ではありません
全国的な病理になってます



日本、医療の満足度15% 22カ国で最低レベル
http://www.47news.jp/CN/201004/CN2010041501000688.html
 【ワシントン共同】日米中など先進、新興22カ国を対象にした医療制度に関する満足度調査で、手ごろで良質な医療を受けられると答えた日本人は15%にとどまり、22カ国中最低レベルであることが15日分かった。ロイター通信が報じた。
<略>
 自国の医療制度に満足している人の割合が高いのはスウェーデン(75%)とカナダ(約70%)で、英国では55%が「満足」と回答。韓国、ロシアなどの満足の割合は30%以下だった。
 国民皆保険制度が未導入で、オバマ大統領による医療保険制度改革の議論で国論が二分した米国は、回答者の51%が手ごろな医療を受けられると回答した。
2010/04/15 17:44 【共同通信】



このニュースを見たら、戦線離脱する医師がかなりいるのではないかと思います
正直、ここまで低いとは私も思ってなかったのですが、
ハインリッヒの法則の様なものが適応できるなら、1件の大きな訴訟の背後に300件の訴訟につながりかねない不満があると考えるべきなのかも知れません



しかし日本よりも医療費が高く(http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1890.html)、フリーアクセスもなく、医療技術は日本とほぼ同等の国々が、日本よりも圧倒的に高い満足度を誇っているのは何故でしょうか?


理由は単純で、「医療とはそういうものである」と国民が納得しているからに他なりません
国際ニュースなどを見ていると、市民が自国の医療の不自由さをシステムを守るために必要なものとして、それなりに納得していることがよくわかります


満足度というのは極めて主観的な相対評価で、期待値(要求)が無限に高ければ、満足度は0に近似されます
日本人は医療/病院/医師に現実離れした要求をするようになってしまったということです
そのことは、医療訴訟で期待権を理由に医療側が敗北していることからも容易に想像できます


この現状を、本田宏先生は日本の医師に要求される11役として表現しました
1、知識:利根川進氏
2、技術:ブラックジャック
3、心:赤ひげ
4、説明:三宅民夫氏
5、精神性:江原啓之氏
6、ユーモア:綾小路氏
7、リーダー:小澤 征爾氏
8、指導:金八先生
9、気力・体力:32時間連続勤務 
10 、生涯賃金 :大企業サラリーマン以下
11 、定年なし

これだけのスーパーマンはハリウッド映画でもお目にかかれないと思います
というか、医師に求めるものとして致命的な部分に、実在しない人物が上がっているのが…orz








医療崩壊対策として有効な手段を問うネットアンケートを見ると、収入増よりも人間らしい生活を選ぶ医師が多いです


また一方で、せめて労働に応じて収入をなんとか増やそうという声も聞かれます
嘉山先生のドクターフィー案がその究極とも言える手段ですが、

日本の最先端医療を担うがんセンターの医師の年収が360万だとか(http://medg.jp/mt/2009/12/-vol-412.html)、
某大学中堅医師が収入を時給換算したら1300円だったとかいう状況をみれば、
従業員 (医師)を守る立場にある人間としては、自然な考えだと思います



結局のところ、医師が求めているのは、自分たちを人間としてみて欲しいという、ただそれだけのことだと思います



しかし、国や国民の要求は、未だにその現実と解離しています







以前クレジットカードのCMで、気持ちや時間に対してpricelessという値札つけるのがありましたが、
それは、「金があるからといって手に入るものではない」という意味で、間違っても「価値がない」という意味ではありません


人間らしい生活も、労働に応じた報酬も出さない、そんな日本の医療が衰退するのは、必然です


本当に…世界に美徳として語られた、日本人の礼儀正しさはどこにいってしまったのでしょうか?


私から、ひとつだけ医療崩壊の処方箋を出せるとしたら、
医療者と患者が、共に声をかける位のことしか思いつきません

「おねがいします」「ありがとうございました」「おつかれさまです」

それは医師患者関係とか、ビジネスマナーとかではなく、
人と人の関わり合いとしての、礼儀の問題です


私が今言ってることは、小学生の挨拶運動と同じです
でも、そこから出直さないといけないのが今の日本の医療だと思います

2010年4月18日日曜日

医師の個人レベルと医療レベル

前回、私は


「医師を増やすのであれば、医師に求めるものを減らさなければならない」



と言いました。しかし、それは日本の医療レベルを下げろと言うことではありません。
そうではなく、医師個人の技術と体力と気力に頼り切った今の医療体制を、インフラとして正しく整備する必要があるということです

今の日本の医療は、スパルタが300人の精兵で、数万のペルシア軍を迎え撃っているのと同じ状態です
体力と気力と戦闘力をもてあました精鋭だけの軍隊なんてところは、日本の医療と素敵なほどそっくりです
映画300だといい感じの印象だけ残ってるかも知れませんが、歴史の現実はしっかり全滅しています
今の日本医療は、ペルシアを食い止めている3日の、最終日にさしかかったところでしょう


まず必要なのは、医師から医師がやらなくてもいい仕事を取り上げることです
医師が医業に専念できる時間が増えると言うことは、極めて単純明快に医師の労働力を増やすことになります

これについては、まさに欧米がいい参考例になります
日本の医師がアメリカで日本と同じような仕事をすれば、コメディカルから「私から仕事を奪うな」と言われることでしょう
(海外では、病院は労働需要を生み出す場としても認識されています)
日本は、仕事も責任も医師に集中させすぎています




同時に手をつけなければならないのは、死文化している病院・診療所の役割分担を厳密に行うことです
1次~3次の医療体制を国民と行政が理解せず、また法もそれに従うことを医師個人に求める限り、日本の医療がシステム化されることはあり得ません
患者の疾患と状態に応じ、適切な規模の病院で適切な治療を行うようにすることが必要です

そのためには患者の集約化が必要であり、同時に中核病院に医師と金も集約化させることが必要です
具体的には、医師法第19条(応召義務)の改正とフリーアクセスの撤廃です
それは、都市部よりも地方にこそ必要なことです



必要なのは、余裕のない病院に余裕をつくることです
公定価格で運営されてるのに病院の7割が赤字で、まともな医療や医学教育が提供できるはずもありません
さらに、医療費は公定価格であるので、企業努力などできる場所がほとんどないのも現実です
この現状を打開するには、結局のところ国レベルでの税金投入による医療費増と住民の協力がなければなりません



臨床研修制度が地域医療を破壊したなどと言われていますが、それは制度とは無関係に純粋に時間の問題でした
余裕のある病院は素晴らしい労働環境を提供でき、 余裕のない病院は過酷な労働環境か劣悪な研修しか与えられない
ただ、それだけのことです
その責は、医学生でなく、行政と住民にこそ向けられるべきです 

また、医師数増員は各病院の機能特化なくして、その効果を発揮することはありません
多様な医師(医学生)を医療現場に受け入れるには、多様な労働環境を提供することが必要だからです



医師を増やすのであれば、病院を普通の人間が働ける環境にし、医師個々人の役割を明確に分担させる必要があるのです

2010年4月15日木曜日

医師国家試験とBSTとコアカリキュラム

前回、私は
「どれだけ医学部生を増やしても、今の国家試験では医師は増えない」
といいました。
そのことについて、もう少し掘り下げたいと思います。

まず、確認頂きたいのは医師国家試験の合格者数です。
前回も書きましたが、もう一度掲載します。

100回(2005年度) 7742人
101回(2006年度) 7535人
102回(2007年度) 7733人
103回(2008年度) 7668人
104回(2009年度)  7538人


全体的な傾向としては「合格者数は7600人前後にされている」とするべきかと思いますが、
新ガイドライン(103回~)では、合格者は200人減っています。
103回の時にはすでに医師不足は全国的に周知されてましたので、この合格者の削減は厚労省の意図的なものと考えておいた方がいいと思います。
つまり、これから数年間はさらに合格者が減る可能性が十分あるということです

しかし、一方でこの2年間で除外問題(要は不適切問題)が増え、合格基準も引き下げられています。
その原因は医学部生のレベルの低下にあるのでしょうか?
私には、そうは思えません。

この新ガイドラインは明らかに新研修医に要求しているものがそれまでと変わりました。
思いつくものを列挙しますと


・計算問題が強化された
・写真で臨床手技を問う問題が登場した
・CTやエコーなど画像で最終診断させる問題が増えた
・3日間で同じ疾患が違う角度から複数出題されたり、類似の症状を示す疾患群が問われた
・一患者一疾患から、複数の合併症から臨床的優先度を判断する問題になった
・3つ選べなど複数回答させる問題が登場した
・患者急変時の対応が求められらた(ICLS?)
・英語問題の登場

というところでしょうか



どれも、医療現場で必要なスキルであることは言うまでもありません
しかし、ですね。これは専門医試験ではないわけです

写真を見るだけで、それが関節鏡であることを理解し、関節鏡を使う手術を選別できたり、
MDSのガイドラインを丸暗記し、経過観察させたり、
病理像で治療方針決定させたり、
エコーと心電図で心疾患を最終診断させたり 
腹部疾患を、CTから抗菌剤で間に合うか、手術が必要か判断させたりetc

また、とうとう歯科医師国家試験で「全て選べ」が10問出たそうです
105回か106回には、医師国家試験にも登場するでしょうが、これまで回答数が指定されていた問題が「全て選べ」に形式が変わるだけでも難易度は急上昇します


はたしてこれは、「研修を始めるのに必要な知識」なのでしょうか?
厚労省はコードブルーの見過ぎではないでしょうか(笑
こんな問題を苦もなく解けるの学生なら、初期研修など無用の長物でしかないのでは?


また、問題の絶対的なレベル以上に問題なのは、相対的なレベルの高さです
新ガイドラインになって不適切問題が急増したのは、正にそこが理由です
医学教育と国家試験の要求レベルが、あまりにも解離してないでしょうか? 
コアカリキュラムやBSTで、こういった問題を確実に解けるようになるだけの教育をしている医学部はどれだけあるのでしょうか?
学部教育のレベルなど知らんと厚労省が言うなら、それは医学部の存在自体を否定することになります


確かに、医学は専門化、高度化が急速に進んでいます
レントゲン写真で臓器を当てたり 、波線が心電図か脳波か区別できるだけで受かる時代とは違うのは言うまでもありませんが、
しかし、人間が6年間で覚えられることには人間としての限界があります
また、それだけ勉強させるのであれば、トレードオフで医師の人間性は下がっていくと考えるべきでしょう

研修医になるのに、そこまでの知識と技術と人間性が必要というなら、医学部生は今よりも厳選されなければならないはずです
しかし、地域枠が入った数年後に国家試験を迎える医学部生のレベルは、底辺が広がっていますので、全体としては学力は低下傾向と考えられます
これでは、医師国家試験合格者が1万人をこえるなんてことは、ありえません



医師国家試験の目指している方向と、医学部生増は、ベクトルが全く逆なのです



だから、私は日本人が医療に求めるものを自重しない限り、今まで以上の定員増やメディカルスクール、医学部新設には反対しているのです
優秀な若者に不幸な人生送らせるくらいなら、一流大学の理工系に行ってもらった方が、本人と国家にとって最大限の利益であるはずです



何度でも言います
医師を増やすのであれば、医師に求めるものを減らさなければならないのです

2010年4月7日水曜日

医学部受験と医師国家試験



国試合格から、はや一週間
一方で、大学(医学部)の入学式も近づいて参りました

世間では医師不足で、民主党は医学部定員1.5倍を明言
既存医学部の定員増だけでなく、メディカルスクールや医学部新設というカードまで見せてきました

一方で、全国医学部長会議はこれを「百害あって一利なし」といい、現在の定員1.3倍で抑え、人口の自然減との調整を待つように提言しました

このギャップについて訳わからない人も多いと思うので、この問題について少し取り上げたいと思います



1.医学部定員増≠医師数増加

いきなり刺激的な見出しを上げましたが、勘違いされてる方が多いようなので、まずその幻想を壊させて頂きます
というのも、この前提を間違えていると、この先の話が全く通じないのです

確かに、医師国家試験は非常に高い合格率を誇っております
しかし、それは各医学部が

「国試に合格する可能性のある人間だけを入学させ、かなりの確率で合格が見込まれる人間だけを卒業させている」 

という背景があることを忘れてはいけないのです
この点は、司法試験と全くことなることにご注意下さい

先日私大出身のある方から聞いた話なのですが、国試に大学の先生が、精神安定剤や睡眠薬をもってついていくのはデフォルトだそうです(国立はやってないと思いますが…) 
さらに、とある私大医学部では6年生の留年者が数十人だったり、2回留年すると2年生からやりなおしだったりするそうです

医学部のクオリティコントロールは、それだけ厳密に行われているのです

そんな現状で何も考えずに医学部定員を増やせば、それは要するに医学部の偏差値が下がるということを意味します
もっと平たく言ってしまえば、国家試験に合格しない医学部生が増えるだけということになりかねないわけです
(まぁ、その辺は研究医で吸収させるという旧来の手法がでるかもしれませんが…)



2.地域枠定員割れ

さて、そんな中で今年の西日本の医学部入試で事件が起きました
確認されているだけで、九州と中国地方の複数の医学部が、地方医師不足対策の切り札である地域枠で「学力不足」を理由に意図的に定員割れをつくりました

いうまでもなく、一般紙に載るほどの問題になりましたが、大学としては純粋に労力と資金(国や県からの税金含む)の無駄遣いはできないということでしょう
地域枠は基本的に現役~1浪しか認めてないと思うので、教官からしたら地域枠に頼らずにもう一年勉強してこいくらいの感覚だとは思いますが…
ここで、そもそも医学部定員を増やすことになった原因がネックになってくるのです



3.医局崩壊=医学部教官不足

最近は日常化しすぎてあまり言われることはなくなりましたが、もちろん医局にも医師は足りていません

(マッチングのせいにする人も未だ多いですが、当事者としては、あれは表面化した理由であり、原因は別にあると思いますが、それはまた後日)
それはつまり、大学の教官が不足していると言うことでもあります
そんな中で学力が不足した学生が大勢増えることになれば、医局がさらに崩壊し、むしろ止めを刺しかねないという考えが働いても、私は一つも疑問に思いません(脱水だからって、2Lのミネラルウオーターを急速静注したりはしないでしょう…)
 今の医学部には、入学時点から学力の不足している学生を、「今の」国家試験に合格させるようにできるだけの教育資源が不足しているのです



4. 国家試験を変えない限り医師は増えない

ここまで色々言いましたが、要するに医学部合格というのは医師になるための切符を手にしたに過ぎないと言うことです
そこから999に乗って機械の体を手に入れ無事に卒業して、国家試験に合格するまでが問題なのです

その国家試験ですが、今年行われた104回国試では、学生の淡い期待を裏切って合格率が103回より下げられ、とうとう90%を切りました
パーセントだけで言うのはフェアではないので合格者数を上げますが


100回 7742人
101回 7535人
102回 7733人
103回 7668人
104回  7538人

となっています
私たちの学年は、入学時はまだ医師過剰とか医療費国亡論とか言われてた時代で医学部定員削減の最中でしたが、それを差し引いても、 今年の研修医は去年より100人減っているわけです
医師を増やせという声は、国家試験には全く届いていないことがよくわかります




5.日本国民が求める医師のレベルは?

では、国試を簡単にして、医学部生を増やせば全ては解決するのか?
そんなわけはありません
国試合格というのは、医師としてのスタートを切ったに過ぎないからです
それで医師になったところで、今の日本ではなにか事故が起きれば(同業から見れば過誤でなくとも)、裁判で負けて医師免許を失うという結末は十分あり得るからです

医師を急激に大幅に増やすと言うことは、金を大量に積んで海外から優秀な医師を買い集めるか、医療費は大して変えずに日本人医師で今よりも低い医療レベルになってもいいか?という問いと対でなければならないのです
日本国民が今の医療費でスーパードクターを求め続ける限り、医師が増えることはあり得ないのです

医師が足りないという前に、日本はどんな医療で満足するべきなのかを話しあうときなのではないでしょうか? 

2010年4月4日日曜日

医療系ブログ、はじまります

医療ニュースのブログをつくる、というのは以前から考えてはいたのですが、なかなか踏み切れずにいました
しかし、無事に医師免許を取得できたこと、
医療崩壊の講演で有名な本田先生に、医療者が現実を発信するところから始めないといけないといわれたことから、ついに決心しました

元患者、医学生ときどきボランティア、今医師という立場から見ると、やはり今の医療やそのその周辺環境には色々な疑問があります
そういったものを紹介すると共に、解決策を考えていけたら、と考えています

とはいえ、もちろん本業に支障をきたすわけにはいかないので、とりあえず週刊の予定で様子を見たいと思います
どんなものになるかはわかりませんが、おつきあい頂ければ幸いです