2011年8月29日月曜日

「医療崩壊」の定義

会話というのは、自分と相手とに言葉の定義が共通していないと成立しません
ソクラテスの言にもあるように 
「大工と話をするときは、大工の言葉を使え」
ということです
たいていの場面において会議が迷走するのは、そういった齟齬に気づかずに、「自分の世界の自分の言葉」でのみ語ることが原因となります


さて、多くの医療関係者には、既に医療が崩壊しているのは共通理解だと思いますが、為政者側は「医療崩壊」が起きていることは未だに認めていません
彼らにとっては、まだ問題は「医師不足」で済んでいるようです

現状は、「医療消滅」というチェックメイトをかけられた、キングをとられるまでの数手の間に過ぎません
ゲームであればすでに自動的に投了になっているのを、現実の残酷さで最後までやらされているというだけです

私たち医療崩壊論者が訴えているのは、その「数手の間」に、「ルール変更」することで王手を解除させるしかないということです
対して、政府の「医師不足」「医師の偏在」は、旧来のルールの内側でしかありません
政府の話に乗る限りは、医療消滅は防げません
しかし、政府にそれを認めさせるには、一度そのスキームで会話して、そんな手ではもうどうにもならないと認めさせるしかありません


長崎県病院企業団企業長の資料をちょっとお借りしましょう
よくある、県別の医師数です
http://lohasmedical.jp/news/2011/08/24024220.php?page=2

この表では医療崩壊のなにも表現できないことは、企業長の指摘を待つまでもなく明らかです
この企業長の面白いところは、次の表です
http://lohasmedical.jp/news/2011/08/24024220.php?page=3

医師数だけでなく患者数という関数まで取り入れたユニークな試みではあるのですが、分析で大きなミスがあります






A群、B群にとりますと、これは高い専門性、あるいは高度の救急医療、それから先進医療に対する医師が不足しているということが叫ばれている都道府県でございます。




これは時制は「現在」の医療崩壊を表現した二次元関数でしかありません
「これから」対策を立てるのですから、語るべき時制は「未来」でなければ先回りすることはできません(一度、戦略シミュレーションゲームでもしてみればよくわかりますよ)

また、こうした数字の扱いではいつも「東京」が悪者となるのですが、「首都圏」という枠組みでとらえないと自体の本質を見誤ります(これは、ベッドタウンに過ごした人間でないと実感できないでしょうが…)


最初の方の表をもう一度見ていただければわかりますが、東京以外の首都圏が、全て医師が少ない県Top10にカウントされています
また、地理的にも、「首都圏」という単位は地方の1つの県に相当する面積であると言うことも忘れてはいけません
「首都圏における東京と隣県」というのは、そのまま、「地方の県庁所在地とその他の市町村」に該当するのです
医療崩壊で「東京」を語ることはミスリードにしかなり得ません
また同様に、東京隣県内部の医療崩壊も、ベッドタウン地域とその他地域を同列に論じることもできません
要は、医療の実態は都道府県という枠組みではなにも表現しえないと言うことです


首都圏を代表とする大都市圏の医療崩壊と、地方の医療崩壊はまったく異なるロジックで起きています


医療崩壊の原因は、医師数と患者数のバランスの問題とも言えます
つまり、患者が多い=高齢者が多い地域が火薬庫であると言うことです
高齢化率の推移予測を示した図がこれです



http://lohasmedical.jp/news/2011/08/22014400.php?page=2


2030年までは、現在高齢化率の高い県がそのままの地位を維持しますが、2040年には全国が平均化し、2050年には逆に、現在医師過剰とされている都市部が高齢化の洗礼を浴びる計算になっています

原因は、まぁ社会学的な方面の知見があればすぐに思いつくと思いますが、この数十年の日本の人口分布の変化が高齢化という形に変換されてきているというだけのことなんですね


もともと、日本は人口的にも地方が中心でした
それが崩れはじめたのは、私たちの父の少し上の世代の就職列車からです
http://ja.wikipedia.org/wiki/集団就職

その後、バブル期に入りサラリーマンの時代となると、今度はベッドタウンとして隣県に人口増が波及します
そうして、日本人の過半数は大都市圏の住民となりました
 
現在は、そうして大都市圏に出てきた人たちの子ども世代が若手労働者として、大都市という故郷にそのままいるわけです
言うまでもありませんが、若手が増えれば高齢化率は下がり、若手が減れば自動的に高齢化率は上がります
こうして、大都市圏は若手が多いために高齢化率は低く抑えられています


一方で、現在の地方の高齢者たちは、集団就職で、東京に出てきた人たちの親なわけです
地方の高齢化の原因は、実のところ、現在の地方の高齢者たち自身だったりするのです


しかし、あと20~30年もすれば集団就職やバブルで大都市圏に来た世代も高齢者となり、その子どもたちもそれに続くわけです
そして、さらにその子ども世代は、少子化という問題が待ち受けています
大都市で30年後に起きる医療崩壊は、長崎の企業長が言うような高度医療・救急の問題では済まされなくなります
なにせ、このベッドタウン地域は30年前までは人がいなかったため、病院がないのですから

逆に、その頃には既に現在の医療崩壊地域の高齢者は寿命を迎えており、限界集落もいくつも出現し、病院どころか村ごと崩壊しているでしょう
その場合、医療需要そのものがなくなるので医師不足もなくなるでしょう


つまり、「あと20年続く医療崩壊」と「30年後から顕在化する医療崩壊」は全くの別物なのです
そして、現在の大都市部での医療崩壊は、後者の序章部分なのです


この様に、医療の需給バランスというのは、医師数以上に高齢者数が大きなウエイトを占めます
「医師不足」を語るに医師数だけをもってして動くのは、常に後手後手に回ることにしかなりません


医療消滅を防ぐには、現在の地方の医療崩壊に対する応急処置および集落としてのターミナルケアと、30年後を見据えた大都市部の病院整理が必要なのです
医師の強制派遣とか、地方に医大を新設とか言うのは、問題の本質を見誤ってるとしか言いようがありません
今から地方に医師を強制配置させる策を作ったところで、それが実行力をえる頃には地方の医療・介護需要は激減し、逆に大都市圏で医療・介護需要が爆発するのですから
今の政府の医師不足対策では、20年以内に地方と共に心中するだけです

2011年8月12日金曜日

医学部定員増と地域医療の自立

文科省で「今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会」なるものが開かれました
http://lohasmedical.jp/news/2011/08/11114154.php?page=1

内容は、予想通り直球で医学部新設や定員増の話ですが、委員の発言に興味深いものがいくつかありましたので抜粋して紹介したいと思います

[今井浩三委員(東京大学医科学研究所附属病院長)]
つまり医師数は10%ぐらい増えるんですけれども、総体として見ると、だんだん医師も患者さんと同じように高齢化するわけでありまして、医師のほうも......。
つまり、患者を診る側もですね、高齢化していくということをですね、考慮に入れるべきであるということを私、この間申し上げました。ですから実際には、60歳以下ぐらいの医師ですね、非常にビビッドに患者さんを診れる医師の数はそんなに増えないですね、この方式でいくと。
 (略)
医師の労働時間が非常に長いわけですね。たぶん、若い人だと70時間とか80時間とか、非常に過重労働。それを前提にしていろいろなことが......、そのまま行ったらということで考えられているんですが、これを是正しなければいけない。


東大なので、てっきり御用学者かと思いきや、病院長殿としていうべきことをきっちり釘さされてます
医師の戦力計算で、私は女性医師の係数配分の話をよくしますが
(未だに、女は入れないという人と、女性医師賛成だが男性と同等にはキャリア形成できないということをわかってない人が多いため)
医師、なかでも地域の中核戦力の高齢化と、後継者不足or後継者との激しい世代差(=技術差)の問題は、指摘にあるように回避しようのない問題です。
恐らく、今後10年ほどで表面化するでしょう
なにせ、今、最底辺で医療を支えている世代は、医学部定員削減の最終段階(=医師数が最も少ない)世代ですから
そこに対して問題提起したのは、非常に素晴らしいことなのですが…

東大病院の若手医師は、時間外労働月80時間で済んでるんですか?
それとも、これは週80時間なのかな?w



また、慈恵の学長からは非常に興味深い指摘がされています

[栗原敏副座長(日本私立医科大学協会副会長、東京慈恵会医科大理事長・学長)]
我々の時にはですね団塊の世代でして人口はたくさんいましたが医師になれる比率は非常に少なかったんですね。大体、18歳人口700数十人に1人。今は間口が広がったんで、100数十人に1人ぐらいが医師になれる時代になったんです。
 ですから、そこら辺のことも考えていただいて、我々65歳が高齢になりますから確かに医療ニーズは高まります。しかし、それが過ぎるとですね、極端に人口の減少ということがありますので、そこら辺でまた大きな変革というのが出てくるんじゃないかという点をご理解いただければと思います。

具体的な数字をあげられてこの話をされたのは、私が知る限りこれが最初です
となると、人口対医師数は団塊の世代の5倍くらいになると思えばいいんでしょうか?
そうなると、今よりは余裕のあるシステムになるでしょうか?

しかし、それはそれで少々考え物です
というのも、今の日本の人口対医師数は1000対2程度ですが、数十年したら1000対10弱になるわけです
これは、今現在どの国にもない密度になります
(OECD最多はギリシャの1000対6.1、先進国では医学部定員割れしているドイツが最多の1000対3.6)
歯科医師の二の舞になるとして医学部定員増に反対する勢力が根強いのも、あながち無根拠というわけではなさそうです


過重労働の解決や、研究や企業への人的資源の供給という点においてはいいかも知れませんが
いくらなんでも、ちょっと、余裕ありすぎでしょうし、国家として医師に人的資源を割きすぎでしょう
少なくとも、今よりも定員増やすとか、ましてや医学部新設は、ないでしょう…



また、医師派遣システムについて、文科省が勝手に妄想かけてるんですが
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/043/attach/1309577.htm

ええとですね、そもそも、この「医師の派遣」については「慣用語」と「法律用語」に解離があって整理が必要なんですが
「民間企業の医師の派遣業」はきっかり労働者派遣法で禁止されています
中核病院から医師不足病院へ医師を送るのは例外として認められているという形です
(要は、業としての医師派遣は禁止されてると考えられ、派遣の見返りや、派遣した医師の報酬をピンハネするのは違法である可能性が高い)

で、その上で、なにをもって医師を派遣する基準とするべきかってのは絶対に整理が必要なわけです
東日本大震災の急性期に全国から医師を支援に送り出したのと、慢性的な医師不足地域に医師を送るのはまったく別次元の話です 
医療はインフラですが、医師はインフラではないのです   

都会のフリーターを、後継者不足の農村に強制移住させる法律を作るとか言い出したら、どんなことになるか想像できますよね?
どんな正当性をもって一民間人でしかない医師を法的拘束力をもって強制労働せしめられるのでしょうか?
この人たちがやろうとしているのは、要はそういうことです

そのことは、医学部の人間よりも外の人間の方がよくわかっているようです

[生坂政臣氏(千葉大医学部付属病院総合診療部)]
 地域への強制派遣という視点から......。実際、被災地入りした医者は非常に多くてですね、短期であれば可能性はあると思うんですね。ですから、本当のニーズを行政なりが明確にして、「ここに派遣してほしい」と、それはもう、大学病院なりに強制させてもいいんじゃないかと思うんですね。短期だったら、大学病院さえクリアできればいけるんじゃないか。
 ただ、その時に内科医療、すなわち広範囲の診療に対応できないと困りますから、それは各大学でジェネラルな教育に留意していただくと......、可能ではないかな、と私は個人的に......。

[安西祐一郎座長(慶應義塾学事顧問)]
 私が申し上げたのは仕組みと言いますか、法律的なことでございますので、そういう意味での本当に法的なところを突っ込んでみたときに、可能かどうかということで申し上げておりますので、ある意味ボランティア的に何か月かということはあり得るんじゃないかと思いますが、へき地の医療、過疎医療と言うんでしょうか、医療過疎の問題を本当に解決するには法的なところまでいかないといけないんじゃないかと思っているということでございます。

まあ、衰退するところには、衰退する理由がやっぱあるんですよね…

私は、医師派遣については反対の立場です
法的根拠も、補償となるインセンティブも存在しないことは1つの理由ですが、
実際に地方で医師として働いてみて強く思うのは
「アリにもキリギリスを助ける余裕はない」
ってことです
むしろ、 僻地であることを利用して実はアリより楽して肥えてるキリギリスも結構いるんですよね…


発展途上国への支援では、「与える」支援は依存を生み出すだけで害悪であったとの反省から、「自立させる」支援へと切り替わっています
地域医療支援も、同じじゃないですかね?

2011年8月3日水曜日

メンツをとって実利を捨てる救急体制

事前の協定通りにやった (私の記憶では、20数分で高岡への搬送が決まっていたはずですが?) だけのことでなぜここまで引っ張るのかよくわからない富山市救急問題に一応の決着がついたようです


病院搬送拒否死亡問題 全重症患者 受け入れへ 
県立中央 連絡会議で改善方針
富山市内の交通事故で重傷を負った女性(73)が、市内三病院から受け入れを断られた後に死亡した問題で、県は二十九日、富山市内で連絡会議を開いた。三病院の正副院長や市医師会長が、救急患者の受け入れ改善策を報告し、県立中央病院は原則すべての重症患者を受け入れる方針を示した。
今回の問題では、夜間救急当番だった富山市民病院が外科で患者五人を治療中で、足を切断した重傷患者の治療は不可能と判断。富山大病院も担当医が手術中だったため搬送を断った。重症救急患者を受け入れる三次救急医療機関の県立中央病院は、当番日でなかったため、治療できる外科医がすぐに駆けつけられる場所にいなかった。
県が四月から運用している搬送と受け入れの基準では、連絡開始から三十分以上経過しても搬送先が決まらない場合、県立中央と厚生連高岡の両病院が受け入れを調整するとしていた。しかし今回、各病院の体制不備などで基準が機能しなかった。
今後の対応で、県立中央病院は受け入れ態勢確保とともに、休日や夜間に病院からの連絡で駆けつける「オンコール医」には、搬送の可否を問うのではなく、診察を要請するとした。この医師が来院できない場合に備えて、連絡順位などバックアップ体制も整える。
消防機関には、救急隊から照会回数と経過時間などを連絡してもらうよう依頼する。
ほかの病院も受け入れの基準を職員に周知することなどを報告。市医師会は十月オープンする救患センターで「軽症患者を受け入れて、救急病院の負担を減らす」とした。
県立中央病院の対応について、市医師会の馬瀬大助会長が「勤務医の労働環境が悪化することが心配」と指摘。同病院の飯田博行院長は県に「医師の確保は『長期的』に取り組むのではなく、すぐにやってもらわなければ困る」と求め、会議後「県立中央病院も来年度に救急医を増員したい。改善策実行に最大限努力する」と述べた。 (山田晃史)

◇3病院搬送拒否死亡問題◇ 6月30日午後7時半ごろ、富山市開の県道で、同市藤ノ木の無職瀬川浜子さん(73)が軽乗用車にはねられ、足を切断する重傷を負った。しかし、富山市民、富山大付属、県立中央の市内3病院が救急搬送を断った。1時間半後に約25キロ離れた高岡市の厚生連高岡病院に運ばれたが、出血性ショックで同10時半ごろ死亡した。
県が4月から運用する基準では、照会が4回以上または搬送先が30分以上決まらない場合は「県立中央と厚生連高岡の2病院のいずれかが受け入れに努め、受け入れ先を調整する」としている。


突っ込みどころ多彩すぎですが

1.ただのつるし上げですよね?
お題目が「対策会議」とか「再発予防会議」でなくて「連絡会議」の時点ですでに県から一方的な要求が「連絡」されるだけなのは容易に想像できますがw
しかし、肢切断に対して「当番病院:パンク」「当番外の大学病院:手術中」「当番外の県立病院:医師不在」って、完全に詰んでるんですが、これで受け入れ可能な市外の病院へ速やかに搬送って誰か悪いですか?
はっきりいって、ただの選挙目当てのパフォーマンス以外のなにものでもないですね…

2.明らかに逆効果な「対策」
そんな会議で、いつものパターンに反して唯一まともなことを言ってるのが、市医師会です
そもそも、こんな事になったのは要求される病院機能に対して勤務医が不足しているのが原因です
そんな「医師不足」への対策が「労働強化」って旧日本陸軍の亡霊以外のなにものでもありません


3.もはやオンコールに非ず
えー。だいたいいつも労働問題で論争になるのですが、日本の医療業界においてはオンコールは勤務時間ではない(故に労働時間にはカウントせず賃金は払わない)となっているのですが、この新規定だと、誰がどう見ても当直だと思います。(海外ではオンコールは当直の一形態)
これは、グローバルスタンダードに乗っ取ってオンコールも当直と認め、労働時間としてカウントし、当直代も支払うという風にしないと、若手医師の敬遠や大量離職を招きますよ?

そもそも、県立病院の医師不足は、経営者である県の経営責任であるはずですが?