ソクラテスの言にもあるように
「大工と話をするときは、大工の言葉を使え」
ということです
たいていの場面において会議が迷走するのは、そういった齟齬に気づかずに、「自分の世界の自分の言葉」でのみ語ることが原因となります
さて、多くの医療関係者には、既に医療が崩壊しているのは共通理解だと思いますが、為政者側は「医療崩壊」が起きていることは未だに認めていません
彼らにとっては、まだ問題は「医師不足」で済んでいるようです
現状は、「医療消滅」というチェックメイトをかけられた、キングをとられるまでの数手の間に過ぎません
ゲームであればすでに自動的に投了になっているのを、現実の残酷さで最後までやらされているというだけです
私たち医療崩壊論者が訴えているのは、その「数手の間」に、「ルール変更」することで王手を解除させるしかないということです
対して、政府の「医師不足」「医師の偏在」は、旧来のルールの内側でしかありません
政府の話に乗る限りは、医療消滅は防げません
しかし、政府にそれを認めさせるには、一度そのスキームで会話して、そんな手ではもうどうにもならないと認めさせるしかありません
長崎県病院企業団企業長の資料をちょっとお借りしましょう
よくある、県別の医師数です
http://lohasmedical.jp/news/2011/08/24024220.php?page=2
この表では医療崩壊のなにも表現できないことは、企業長の指摘を待つまでもなく明らかです
この企業長の面白いところは、次の表です
http://lohasmedical.jp/news/2011/08/24024220.php?page=3
医師数だけでなく患者数という関数まで取り入れたユニークな試みではあるのですが、分析で大きなミスがあります
A群、B群にとりますと、これは高い専門性、あるいは高度の救急医療、それから先進医療に対する医師が不足しているということが叫ばれている都道府県でございます。
これは時制は「現在」の医療崩壊を表現した二次元関数でしかありません
「これから」対策を立てるのですから、語るべき時制は「未来」でなければ先回りすることはできません(一度、戦略シミュレーションゲームでもしてみればよくわかりますよ)
また、こうした数字の扱いではいつも「東京」が悪者となるのですが、「首都圏」という枠組みでとらえないと自体の本質を見誤ります(これは、ベッドタウンに過ごした人間でないと実感できないでしょうが…)
最初の方の表をもう一度見ていただければわかりますが、東京以外の首都圏が、全て医師が少ない県Top10にカウントされています
また、地理的にも、「首都圏」という単位は地方の1つの県に相当する面積であると言うことも忘れてはいけません
「首都圏における東京と隣県」というのは、そのまま、「地方の県庁所在地とその他の市町村」に該当するのです
医療崩壊で「東京」を語ることはミスリードにしかなり得ません
また同様に、東京隣県内部の医療崩壊も、ベッドタウン地域とその他地域を同列に論じることもできません
要は、医療の実態は都道府県という枠組みではなにも表現しえないと言うことです
首都圏を代表とする大都市圏の医療崩壊と、地方の医療崩壊はまったく異なるロジックで起きています
医療崩壊の原因は、医師数と患者数のバランスの問題とも言えます
つまり、患者が多い=高齢者が多い地域が火薬庫であると言うことです
高齢化率の推移予測を示した図がこれです
http://lohasmedical.jp/news/2011/08/22014400.php?page=2
2030年までは、現在高齢化率の高い県がそのままの地位を維持しますが、2040年には全国が平均化し、2050年には逆に、現在医師過剰とされている都市部が高齢化の洗礼を浴びる計算になっています
原因は、まぁ社会学的な方面の知見があればすぐに思いつくと思いますが、この数十年の日本の人口分布の変化が高齢化という形に変換されてきているというだけのことなんですね
もともと、日本は人口的にも地方が中心でした
それが崩れはじめたのは、私たちの父の少し上の世代の就職列車からです
http://ja.wikipedia.org/wiki/集団就職
その後、バブル期に入りサラリーマンの時代となると、今度はベッドタウンとして隣県に人口増が波及します
そうして、日本人の過半数は大都市圏の住民となりました
現在は、そうして大都市圏に出てきた人たちの子ども世代が若手労働者として、大都市という故郷にそのままいるわけです
言うまでもありませんが、若手が増えれば高齢化率は下がり、若手が減れば自動的に高齢化率は上がります
こうして、大都市圏は若手が多いために高齢化率は低く抑えられています
一方で、現在の地方の高齢者たちは、集団就職で、東京に出てきた人たちの親なわけです
地方の高齢化の原因は、実のところ、現在の地方の高齢者たち自身だったりするのです
しかし、あと20~30年もすれば集団就職やバブルで大都市圏に来た世代も高齢者となり、その子どもたちもそれに続くわけです
そして、さらにその子ども世代は、少子化という問題が待ち受けています
大都市で30年後に起きる医療崩壊は、長崎の企業長が言うような高度医療・救急の問題では済まされなくなります
なにせ、このベッドタウン地域は30年前までは人がいなかったため、病院がないのですから
逆に、その頃には既に現在の医療崩壊地域の高齢者は寿命を迎えており、限界集落もいくつも出現し、病院どころか村ごと崩壊しているでしょう
その場合、医療需要そのものがなくなるので医師不足もなくなるでしょう
つまり、「あと20年続く医療崩壊」と「30年後から顕在化する医療崩壊」は全くの別物なのです
そして、現在の大都市部での医療崩壊は、後者の序章部分なのです
この様に、医療の需給バランスというのは、医師数以上に高齢者数が大きなウエイトを占めます
「医師不足」を語るに医師数だけをもってして動くのは、常に後手後手に回ることにしかなりません
医療消滅を防ぐには、現在の地方の医療崩壊に対する応急処置および集落としてのターミナルケアと、30年後を見据えた大都市部の病院整理が必要なのです
医師の強制派遣とか、地方に医大を新設とか言うのは、問題の本質を見誤ってるとしか言いようがありません
今から地方に医師を強制配置させる策を作ったところで、それが実行力をえる頃には地方の医療・介護需要は激減し、逆に大都市圏で医療・介護需要が爆発するのですから
今の政府の医師不足対策では、20年以内に地方と共に心中するだけです