2012年12月15日土曜日

医学部新設を推進する東大の欺瞞

衆院選を明日に控えた今日ですが、関係があるのか無いのかよくわかりませんが歩調を合わせるように、東大の医学部新設推進運動が展開しています




医師増えても「20年後も不足」 東大研究所が予測


  今の医師の増やし方では20年後も医師不足――。こんなシミュレーション結果を東京大学医科学研究所のグループが1日、米科学誌プロスワンに発表した。医学部増員により医師数は増えるが、高齢化で死者数も増えるため、負担は変わらない可能性が示唆された。
  国の人口推計や医師数調査のデータをもとに2035年の状況を解析した。医師数は39万7千人で、10年より1.46倍に増えるが、死者数も1.42倍に増加。3人に1人の医師が60歳以上になるため、年齢や性別を考慮した医師の勤務時間あたりの死者数は現在と変わらなかった。
  同研究所の湯地晃一郎助教は「死者の大半は病院で死亡している。現状では勤務状況が改善されない」と指摘する。12年度の医学部の定員は約9千人で、07年度より約1400人超増えている。


で、東大といえば当然出てくる上氏は、日経メディカルとケアネットの合同企画で、医学部新設推進は代表として登場しています
ちなみに、反対派は北里大の吉村氏ですが、全国医学部長病院長会議の顧問として登場しています

まずここで勘違いのないように説明しておくと、現状が医師不足であり、今後もそれが続くというところまでは両者共に認識は一致しています
その上で医学部「現行大学で定員増」か「医学部新設」かという方法論の議論です

で、吉村氏…というか、全国医学部長病院長会議の主張は、

・急速な定員増が既に行われており、このままでも2029年には人口対医師数はOECDレベルを超える 
・団塊世代の高齢化による医療需要ピークは2020-2030年→問題は今後十数年であって、長期的には医師過剰となる 
医学部新設では「間に合わない」。大学を潰すのは難しいので医師過剰を推進する


・全国医学部病院長会議は定員100名の大学に600名の臨床系教員が必要→教員がつとまるレベルの臨床医を地域から大学に引きはがせば、地域医療が崩壊する


→フレキシブルに対応できる現行医学部の定員調整で対応すべき

というもので、私が幾度となく主張していることとまったく同じ内容です
…というか、地方で医療やったことある人なら、自然とだいたい同じ結論に達するのではないかと思います

あとオマケですが、面白かったのは、入学定員増と18歳人口減による医師になる18歳人口の割合が、昭和41年は1/700だったのが、平成24年は1/130になっていて難易度は1/5になっている。もう少しで100人に一人は医学部に入れる時代になるということですね
…まぁ、そりゃ医学部生の学力低下しますわな
医師資格者の粗製濫造に懸念があるのは教員側としては自然なことでしょうね


で、東大側の主張ですが

・2035年には日本の人口は14%減少する
→その過程で医療需要は増大する

・増えるのは女医と高齢医師
→大して戦力にならない
・関東では2050年まで人口対医師数は悪化する
・地域で人口数と医学部数があってない
・医師不足には地域性がある
→医師が不足している地域に医学部を新設すればよい


という感じなんですが、「原因」への「対策」がまったく途中経過抜きで「医学部新設」という結論にバイパスされてしまっています
(高齢医師はリタイアが当然としても、女性医師を男性医師並みの労働力にする気はないのか?)
、医学部新設反対派の懸念に対して何一つ回答を示せていません



注意深く読めばわかるように、実は結論部分以外の状況分析は両者ともまったく同じことを言っています


医師不足には地域性があります。私が「地方型医療崩壊」と「大都市圏型医療崩壊」と呼んでいるものがそれに当たります

戦前生まれが寿命を迎えるに当たり、現在高齢化率の高い、地方の医療需要は急速に増大します。これに対応するために、急遽、地域枠を含む医学部定員増が行われたわけです。

しかし、2035年にはその戦前世代は壊滅し、医療以前に地方は限界集落となりますので、コミュニティとともに地方の医療需要は消失します
人口は減るのに医師は増え続けますので、日本全体および地方の人口対医師数は飛躍的に増大します
一方で、今度は団塊の世代が寿命を迎える番になるので、大都市近郊のベッドタウンの医療需要が急速に増大します

問題は、これにどう対応するか、です


医学部新設反対派は、医学部新設ではこの変化に対応できないといっているわけです
それに対して、医学部新設推進派は何一つ回答をしていない


少々笑い話をすれば、上氏は神奈川の医療崩壊地域として厚木をあげました
神奈川県知事が医学部新設派だから神奈川県を出したのかも知れませんが、知事は厚木に医学部をつくるつもりは欠片もありません
そもそも、厚木が医療崩壊したのって、厚木にあった県立病院を経営問題で放棄したからでは?
(現在は厚木市立病院となっています)
神奈川に医学部つくっても、厚木の医師不足は解消されません


地方型医療崩壊の病巣は、土台となる地域コミュニティ自体の崩壊による結果ですので、正直言えばどううまく「撤退戦」をするかという次元です
一方で、大都市圏型医療崩壊は、急速な人口増に対するインフラ不足で純粋に箱となる病院がないことに起因しています。こちらはこれから積極的に「攻撃的な防衛戦」を行わなければならない次元です

2012年の今では、箱をつくってもそこに詰める医師をはじめとする医療者が不足しています
(地域医療振興協会の首都圏での状況を見れば明らかでしょう)
つまり、ただの高次医療機関すらつくれないものを、教育研究機関でもある医学部なんて、もっと無理です


しかし、20年後ならそこに入る医師は見込があります
ローコストな案を出すなら、2030年代から余りだす地方の医師を大都市に呼び寄せて、センター病院をつくるのが妥当ではないかと思います


必要なのは療養型施設と高次機能病院であり、教育機関の医学部ではないのです