2010年10月31日日曜日

編集権はどこまで許されるか:朝日がんワクチン報道

ところで、癌ワクチン報道に関する重大な朝日の恣意的な記事がもう一つありました。
これについては既に以下の指摘されていました。

Vol. 332 大丈夫か朝日新聞の報道姿勢
医療ガバナンス学会 (2010年10月24日 06:00)  
東京大学医科学研究所・教授
清木元治
2010年10月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
平成22年10月15日の朝日新聞朝刊に東京大学医科学研究におけるペプチドワクチンの臨床試験についての報道があった。これに対して、10月20日に41のがん患者団体が厚生労働省で記者会見を開き、我国の臨床試験が停滞することを憂慮するとの声明文を公表した。朝日新聞は翌日21日に、"患者団体「研究の適正化を」"と題する記事(朝刊38面)を書いている。 
この記事が記者会見の声明文の真意を伝える報道であれば朝日新聞の公正な立場が評価されるところだが、よく読んでみると声明文の一部分を削除して掲載することにより、声明の意図をすり替えているように読める。
声明文の一部をそのまま掲載すると:
「臨床試験による有害事象などの報道に関しては,がん患者も含む一般国民の視点を考え,誤解を与えるような不適切な報道ではなく,事実を分かりやすく伝えるよう,冷静な報道を求めます。」 
  全文は
  http://pancreatic.cocolog-nifty.com/oncle/2010/10/37-3925.html
  http://smiley.e-ryouiku.net/?day=20101019
  http://lohasmedical.jp/blog/2010/10/37.php
ところが朝日記事の声明文説明では:
「有害事象などの報道では,がん患者も含む一般国民の視点を考え,事実を分かりやすく伝えることを求めている。」となっており、 なんと「誤解を与えるような不適切な報道ではなく」の部分が削除されている。
本来の声明文は、臨床試験を行う研究者・医師、行政関係者、報道関係者に向けられており、特に上記に相当する部分では報道に対して「誤解を与えるような不適切な報道」を慎んでほしいとの切実な要望が述べられている。
科学論文の世界では、事実の一部をなかったことにして解釈を意図的に変えることを捏造と呼んでおり、この捏造の定義に異論を唱える人はないだろう。朝日新聞の10月15日から始まった一連の関連記事を読むと、実際の事実関係と書きぶりによって影響を与えようとしている目的との間に大きなギャップを感じざるを得ない。社会に対して大きな権力を持ち責任を担う朝日新聞の中で、急速に報道モラルと体質の劣化が起こっているのではないかと思わせられ大変心配になる。「医療や臨床試験の中では人権保護が重要だ」と主張している担当記者の人権意識は、単にインパクトある大きな記事を書く為の看板であり、最も根幹である保護されるべき対象が欠落しているのではないかと思わせられる。
             (2010年10月22日)




これについては、朝日がネットにアップしてないためにあまり大きな騒動になってないですが、今回問題の新聞記事の画像を入手したので、アップします。


これは二枚とも癌ワクチン報道に対する患者会の声明を報道した朝日記事です。
読んで頂ければ、清水教授のご指摘の通りであることがすぐに確認できます。

なぜ記事の写真が二枚あるかですが、上が北陸の版で、下が東京の版です
両方とも朝日記事なので中の文章は一字一句同じですが、なぜか見出しに変更が加えられてます
北陸版は声明の最初の国に対する声明(朝日報道による研究予算削減に対する牽制と思われます)を見出しにしていますが、東京版では研究施設に対する二番目の声明を見出しに採用しています

しかし、通常の日本語読解能力を持ってすれば、患者団体の声明の主目的は清水教授が指摘されたように

・臨床試験による有害事象などの報道に関しては、がん患者も含む一般国民の視点を考え、誤解を与えるような不適切な報道ではなく、事実をわかりやすく伝えるよう、冷静な報道をお願いします。
(患者団体の声明の3つ目。原文ママ)

であることは明らかで、なんと患者団体のマスコミに対する反論声明すら医療機関への攻撃材料に利用しています
これはもはや報道テロのレベルです

大野事件から始まった「対テロ戦争」はどこまで行くのでしょうか?

全面戦争:朝日がんワクチン報道

朝日癌ワクチン報道問題、もはや完全な殲滅戦へと変わりました…


まずは日本がん免疫学会の抗議文ですが


平成22年10月22日
日本がん免疫学会理事長 今井浩三
日本癌学会理事長 野田哲生

朝日新聞の「臨床試験中のがん治療ワクチン」記事(2010年10月15日、16日)には、東京大学医科学研究所で開発した「がんワクチン」を用いて同附属病院で行われた臨床試験に関して、大きな事実誤認に基づいて情報をゆがめ、読者を誤った理解へと誘導する内容が掲載されました。
その結果、ワクチン治療を受けておられる全国のがん患者さんに無用なご心配をおかけするとともに、今後の新たながん治療開発に向けた臨床試験に参加を希望される、多くのがん患者の皆様にも、多大なご迷惑をおかけする事態となっております。また、この記事は、がん患者さんに、より有効な治療を提供するべく懸命に努力している医療関係者、研究者、学生の意欲を大きく削ぐものであり、この分野での我が国の進歩に大きなブレーキをかける結果を招きかねません。
より良いがん治療の提供を最大の目的として設立され、活動を続けている学会としては、このような記事を容認することはできません。ここに朝日新聞に対して強く抗議するとともに、速やかな記事の訂正と患者さんや関係者に対する謝罪を含めた釈明を求めます。



で、ここまできてようやく朝日が動きました


医科研記事、癌学会など抗議 朝日新聞「確かな取材」
2010年10月24日3時2分

 日本癌(がん)学会の野田哲生理事長と日本がん免疫学会の今井浩三理事長は、東京大学医科学研究所が開発したがんペプチドワクチンを使った付属病院の臨床試験で起きた有害事象が、ペプチドの提供先である他の医療機関に伝えられていなかったことを報じた15、16日付朝日新聞朝刊の記事への抗議声明を両学会のホームページに掲載した。「大きな事実誤認に基づいて情報をゆがめ、読者を誤った理解へと誘導する」としている。
 朝日新聞社広報部の話 記事は、薬事法の規制を受けない臨床試験には被験者保護の観点から問題があることを、医科研病院の事例を通じて指摘したものです。抗議声明はどの点が「大きな事実誤認」か具体的に言及していませんが、記事は確かな取材に基づくものです。


がん免疫学会が具体的な突っ込みをしなかったのは明らかに失点なのですが、朝日はそれをいいことに意図的な誤謬をかましてくれてます
まず、

記事は、薬事法の規制を受けない臨床試験には被験者保護の観点から問題があることを、医科研病院の事例を通じて指摘したものです

となってますが、前回引用したの朝日一面記事をよく読んでも、どこにもそんな主張は書かれてません
よって、この反論は全く説明になってません
また、記事内容の担保も「確かな取材」の一言しか言及してません

この中途半端な朝日の反論文によって、医療サイドは完璧に堪忍袋の緒が切れました


まず、医療報道を考える臨床医の会が抗議署名を開始しました

http://medg.jp/mt/2010/10/news.html#more
朝日新聞社に適切な医療報道を求めます
  医療報道を考える臨床医の会
  http://iryohodo.umin.jp/
   発起人代表 帝京大学ちば総合医療センター 小松恒彦


さらに10/29に、朝日が「医科研は情報提供をするべきだった」とした「情報を受ける側」であり、医科研の被害者として書かれた共同研究施設が共同で朝日の社長と人権委員会に抗議文を出しました
http://iryohodo.umin.jp/pressrelease20101029.pdf

長いので勝手に要約しますが、
1.今回の報道内容にあるワクチンについては我々は「共同研究施設」ではない。あれは医科研の単独試験であり、我々は情報を提供される立場にない
2.消化管出血はいつものこと
3.消化管出血の事例はそもそも2008年に別の症例ですでに情報共有され、ワクチンとは極めて関係が低いとの結論が出ている
4.内部調査では朝日の報道にあるような回答をした関係者は存在しなかった。よって朝日の記事は捏造と結論づけるよりほかない

ええと、もっとわかりやすく要約するなら、
朝日が反論記事で『抗議声明はどの点が「大きな事実誤認」か具体的に言及していませんが』
と書いたため、朝日報道的には『被害者』であるはずの「共同研究施設」が懇切丁寧にどの点が「大きな事実誤認か」を指摘したうえで、朝日の記事を真っ正面から全面否定したということです
 
人権委員会にまで提出された以上、朝日はこれに何らかの回答をせねばならず、もはやだんまりを決め込むことは不可能です
この上に、同日に日本医学界も声明を発表しました。これまでの抗議文で最もわかりやすく説明しているので全文引用します

http://jams.med.or.jp/news/014.html
「事実を歪曲した朝日新聞がんペプチドワクチン療法報道」
平成22年10月29日
日本医学会
会長 髙久史麿

 2010年10月15日の朝日新聞朝刊1面に、『「患者が出血」伝えず 臨床試験中のがん治療ワクチン 東大医科研、提供先に』と題する記事が掲載されました。
 記事は、東京大学医科学研究所附属病院での「がんワクチン」臨床試験中に、膵臓がんの患者さんに起きた消化管出血が、「『重篤な有害事象』と院内で報告されていたのに、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院に知らせていなかった、また医科研病院は消化管出血の恐れのある患者を被験者から外したが、他施設の被験者は知らされていなかった、と報じるものでした。一般の読者がこの記事を読まれた場合、「東大医科研が、臨床試験でがんワクチンが原因の消化管出血が生じているにもかかわらず、他の施設に情報を提供せず隠ぺいした」という印象をお持ちになられると思います。
 しかし医学的真実は異なります。医科研病院が情報隠蔽をしていたわけではありません。
 まず、この臨床試験は難治性の膵臓がん患者さんを対象としたものであり、抗がん剤とがんワクチンを併用したものでした。難治性の膵臓癌で、消化管出血が生じることがあることは医学的常識です。当該患者さんも、膵臓がんの進行により、食道からの出血を来していました。あえて他の施設に消化管出血を報告することは通常行われません。さらに、この臨床試験は医科研病院単独で行われたものであり、他の施設に報告する義務はありませんでした。以上から、医科研病院が情報隠蔽をしていたわけではないことがわかります。
 さらに記事には問題があります。それは、日本のトップレベルの業績を持つ中村祐輔教授を不当に貶める報道内容であったことです。
 2010年10月15日の朝日新聞社会面は、「患者出血「なぜ知らせぬ」ワクチン臨床試験協力の病院、困惑」「薬の開発優先批判免れない」となっています。本文中では、中村祐輔教授が、未承認のペプチドの開発者であること、中村教授を代表者とする研究グループが中心となり、上記ペプチドの製造販売承認を得ようとしていること、中村教授が、上記研究成果の事業化を目的としたオンコセラピー・サイエンス社(大学発ベンチャー)の筆頭株主であること、消化管出血の事実が他の施設に伝えられなかったことを摘示し、「被験者の確保が難しくなって製品化が遅れる事態を避けようとしたのではないかという疑念すら抱かせるもので、被験者の安全よりも薬の開発を優先させたとの批判は免れない」との内容が述べられています。
 しかしながらこの記事の内容も誤っています。中村祐輔教授は、がんペプチドワクチンの開発者ではなく、特許も保有しておらず、医科研病院の臨床試験の責任者ではありません。責任を有する立場でない中村祐輔教授を批判するのは、お門違いであり、重大な人権侵害です。
 この記事の影響により、関係各所のみならず多くの医療機関に患者さんやご家族からの問い合わせが殺到しました。
 新たな治療法や治療薬の開発は、多くのがん患者さんにとって大きな願いです。しかしながら、誤った報道から、がん臨床研究の停滞や、がん患者さんの不安の増大が懸念されます。
 以上の理由により、日本医学会は日本癌学会ならびに日本がん免疫学会の抗議声明を支持します。


いつの間にか、大野病院事件を超える規模のメディアVS医学会・患者会連合の全面戦争へと発展してきました
あまりの事態に、朝日以外のメディアは中立…というよりは、朝日を若干切る方向の経過記事を出しています


これに対して朝日がどう反論してくるのか、非常に楽しみになって参りました

2010年10月23日土曜日

癌ワクチン報道を巡る朝日VS患者会

朝日のおごりに対して、医療界のすさまじいカウンターアタックが繰り広げられましたので、時系列を追ってまとめたいと思います。

まず、発端と鳴った問題の朝日の1面記事ですが


東大医科研でワクチン被験者出血、他の試験病院に伝えず
2010年10月15日3時1分

 東京大学医科学研究所(東京都港区)が開発したがんペプチドワクチンの臨床試験をめぐり、医科研付属病院で2008年、被験者に起きた消化管出血が「重篤な有害事象」と院内で報告されたのに、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院に知らせていなかったことがわかった。医科研病院は消化管出血の恐れのある患者を被験者から外したが、他施設の被験者は知らされていなかった。
 このペプチドは医薬品としては未承認で、医科研病院での臨床試験は主に安全性を確かめるためのものだった。こうした臨床試験では、被験者の安全や人権保護のため、予想されるリスクの十分な説明が必要だ。他施設の研究者は「患者に知らせるべき情報だ」と指摘している。
 医科研ヒトゲノム解析センター長の中村祐輔教授(4月から国立がん研究センター研究所長を兼任)がペプチドを開発し、臨床試験は08年4月に医科研病院の治験審査委員会の承認を受け始まった。
 朝日新聞の情報公開請求に対し開示された医科研病院の審査委の議事要旨などによると、開始から約半年後、膵臓(すいぞう)がんの被験者が消化管から出血、輸血治療を受けた。医科研病院はペプチドと出血との因果関係を否定できないとして、08年12月に同種のペプチドを使う9件の臨床試験で被験者を選ぶ基準を変更、消化管の大量出血の恐れがある患者を除くことにした。被験者の同意を得るための説明文書にも消化管出血が起きたことを追加したが、しばらくして臨床試験をすべて中止した。
 開示資料などによると、同種のペプチドを使う臨床試験が少なくとも11の大学病院で行われ、そのすべてに医科研病院での消化管出血は伝えられていなかった。うち六つの国公立大学病院の試験計画書で、中村教授は研究協力者や共同研究者とされていたが、医科研病院の被験者選択基準変更後に始まった複数の試験でも計画書などに消化管出血に関する記載はなかった。
 厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」は「共同で臨床研究をする場合の他施設への重篤な有害事象の報告義務」を定めている。朝日新聞が今年5月下旬から中村教授と臨床試験実施時の山下直秀医科研病院長に取材を申し込んだところ、清木元治医科研所長名の文書(6月30日付と9月14日付)で「当該臨床試験は付属病院のみの単一施設で実施した臨床試験なので、指針で規定する『他の臨床研究機関と共同で臨床研究を実施する場合』には該当せず、他の臨床試験機関への報告義務を負いません」と答えた。
 しかし、医科研は他施設にペプチドを提供し、中村教授が他施設の臨床試験の研究協力者などを務め、他施設から有害事象の情報を集めていた。国の先端医療開発特区では医科研はペプチドワクチン臨床試験の全体統括を担う。
 厚労省は朝日新聞の取材に対し「早急に伝えるべきだ」と調査を始め、9月17日に中村教授らに事情を聴いた。医科研は翌日、消化管出血に言及した日本消化器病学会機関誌(電子版)に掲載前の論文のゲラ刷りを他施設に送った。論文は7月2日に投稿、9月25日付で掲載された。厚労省調査は今も続いている。
 清木所長は論文での情報提供について「朝日新聞の取材を受けた施設から説明を求められているため、情報提供した」と東大広報室を通じて答えた。(編集委員・出河雅彦、論説委員・野呂雅之)


記名記事で一面報道とはずいぶん気合いの入っていることですw
他紙も後追い報道をしていますが、なぜ朝日のみが悪とされたかというポイントは主に二つです


1.出血の発生原因および報告義務に対する根本的な事実誤認
2.中村教授や清水所長の名をほぼ一方的に上げており、今回の一連の事実に対する確認・説明を怠っている



ちなみに、翌日の毎日記事と比べていただければ、「鬼の首を取ったような」朝日と、意外と冷静に事実確認している毎日との差異が明らかです
どうも、朝日は医科研ネガティブキャンペーンでもはろうとしてたんじゃないかという感じですね


東大医科研病院:がんワクチン投与の1人が出血 提供施設に伝えず

 東京大医科学研究所(清木元治所長)は15日、医科研病院で08年に実施した「がんペプチドワクチン」の臨床試験で、ワクチンを投与した膵臓(すいぞう)がん患者1人が消化管から出血を起こしていたと発表した。医科研は出血を「重篤な有害事象」と判断して院内倫理委員会に報告したが、ワクチンを提供した国内約30の医療機関にこの事実を伝えていなかったという。
 がんペプチドワクチンは、がん細胞だけを攻撃する特定のリンパ球を体内で活性化させる治療法。開発した医科研がワクチンを全国の医療機関に提供し、食道がん、大腸がんなどで臨床試験が実施されている。
 医科研によると、患者は投与開始から2カ月後の08年12月、消化管から出血したため中止。患者は小康状態となり退院したが、入院期間が約1週間延びたため、厚生労働省の臨床研究倫理指針に基づき院内の倫理委員会に「重篤な有害事象」として報告した。患者は退院の約1年後、がんで死亡。同じ試験に参加していた5人に異常は見られず、試験は昨年5月に終わった。
 ワクチン提供先の医療機関に知らせなかった理由について医科研は「医科研病院が単独で実施した臨床試験で(他施設に)報告義務はない。以前実施された共同研究で同様の症例があり、情報は既に共有されていると考えた」と説明する。
 消化管出血は膵臓がんに見られる症状で、医科研は「ワクチン投与と出血との因果関係を100%否定はできないが、出血はがんによるものとみられる」としている。【河内敏康、佐々木洋】

毎日新聞 2010年10月16日 東京朝刊


まぁ、そもそも、ある程度の深度で医療に関わったことのある人間なら、膵癌のペプチドワクチンで消化管出血って聞いて、真っ先に副作用だと思う人はいないと思いますけどね…


これに対して、一方的に槍玉に挙げられた医科研もだまっておらず、反撃に転じます


東京大学医科学研究所・教授 
清木元治
2010年10月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2010 年10 月15 日付朝日新聞の1 面トップに、「『患者が出血』伝えず 東大医科研、提供先に」(東京版)との見出しで、当研究所で開発した「がんワクチン」に関して附属病院で行った臨床試験中、2008 年に膵臓がんの患者さんに起きた消化管出血について、「『重篤な有害事象』と院内で報告されたのに、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院に知らせていなかったことがわかった」と野呂雅之論説委員、出河雅彦編集委員の名前で書かれています。また、関連記事が同日39 面にも掲載されています(その他には、同夕刊12面、16 日社説、36 面)。特に15 日付朝刊トップの記事は、判りにくい記事である上に、基本的な事実誤認があり、関係者の発言などを部分的に引用することにより事実が巧妙に歪曲されていると感じざるを得ません。判り難くい記事の内容を補足する形で、更なる解説を出河編集委員が書いているという複雑な構図の記事です。この構図を見ると、記事の大部分を占める医科学研究所の臨床試験に関するところでは、何らかの法令や指針の違反、人的被害があったとは述べられていないので、記事は解説部分にある出河編集委員の主張を書く為の話題として、医科学研究所を利用しているだけのように思えます。しかし、一般の読者には、「医科学研究所のがんワクチンによる副作用で出血があるようだ。それにもかかわらず、医科学研究所は報告しておらず、医療倫理上問題がある」と思わせるに十分な見出しです。なぜこのような記事を書くのか理由は判りませんが、実に巧妙な仕掛けでがんワクチンおよび関連する臨床試験つぶしを意図しているとしか思えませんし、これまで朝日新聞の野呂論説委員、出河編集委員連名の取材に対して医科学研究所が真摯に情報を提供したことに対する裏切り行為と感じざるを得ません。「事実誤認」関連は医科研HPに掲載する予定ですが、以下のような「取材意図/取材姿勢」にも問題があると考えますのでので、これから述べたいと思います。

その1:前提を無視して構図を変える記事づくり
記事の中では、ワクチン投与による消化管出血を重大な副作用であるとの印象を読者に与えることを意図して、医科学研究所が提供した情報から記事に載せる事実関係の取捨選択がなされています。まず、医科学研究所は朝日新聞社からの取材に対して、「今回のような出血は末期のすい臓がんの場合にはその経過の中で自然に起こりうることであること」を繰り返し説明してきました。それと関連して、和歌山県立医大で以前に類似の出血について報告があったことも取材への対応のなかで述べています。これらは、今回の出血がワクチン投与とは関係なく原疾患の経過の中で起こりうる事象であることを読者が理解するためには必須の情報です。しかし、今回の記事ではまったく無視されています。この情報を提供しない限り、出血がワクチン投与による重大な副作用であると読者は誤解しますし、そのように読者に思わせることにより、「それほど重要なことを医科学研究所は他施設に伝えていない」と批判させる根拠を意図的に作っているという印象を持たざるを得ません。
事実、今回の記事では「消化管出血例を他施設に伝えていなかった」ということが最も重要な争点として描かれており、厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」では報告義務がないかもしれないが、報告するのが研究者の良心だろうというのが朝日新聞社の主張です(16 日3 面社説)。その為には、今回の出血が「通常ではありえない重大な副作用があった」という読者の誤解が不可欠であったと思われます。このことは「他施設の研究者」なる人物による「患者に知らせるべき情報だ」とのコメントによってもサポートされています。
進行性すい臓がん患者の消化管出血のリスクは、本来はワクチン投与にかかわらず主治医から説明されるべきことです。取材過程で得た様々な情報から、出河編集委員にとって都合のよいコメントを選んで載せたと言わざるを得ません。

その2:「報告義務」と「重篤な有害事象」の根拠のない誤用
単独施設の臨床試験の場合でも、予想外の異変や、治療の副作用と想定されるような事象があれば、「臨床研究に関する倫理指針」の報告義務の範囲にかかわりなく、速やかに他施設に報告すべきでしょう。しかし、日常的に原疾患の進行に伴って起こりうるような事象であり、臨床医であれば誰でもそのリスクを認知しているような情報については、その取り扱いの優先順位をよく考慮してしかるべきだと考えます。煩雑で重要度の低い情報が飛び交っていると、本来、監視すべき重要な兆候を見逃す恐れがあります。この点も出河編集委員・野呂論説委員には何度も説明しましたが、具体的な反論もないまま、報告する責務を怠ったかのような論調の記事にされてしまいました。「重篤な有害事象」とは、「薬剤が投与された方に生じたあらゆる好ましくない医療上のできごとであり、当該薬剤との因果関係については問わない」と国際的に定められています。また、「重篤な有害事象」には、「治療のため入院または入院期間の延長が必要となるもの」が含まれており、具体的には、風邪をひいて入院期間が延長された場合でも「重篤な有害事象」に該当します。このことも繰り返し説明しましたが、記事には敢えて書かないことにより「重篤な有害事象」という医学用語を一人歩きさせ、一般読者には「重篤な副作用」が発生したかのように思わせる意図があったと感じざるを得ません。実際に、この目論見が当たっていることは多くの人々のネットでの反応を見れば明らかです。

その3:インパクトのあるキーワードの濫用
本記事を朝刊のトップに持ってくるためのキーワードとして、人体実験的な医療(臨床試験)、東京大学、医科学研究所、ペプチドワクチン、消化管出血、重篤な有害事象、情報提供をしない医科研、中村祐輔教授名などはインパクトがあります。特に中村教授については当該ワクチンの開発者であり、それを製品化するオンコセラピー社との間で金銭的な私利私欲でつながっているとの想像を誘導しようとする意図が事実誤認に基づいた記事のいたるところに感じられます。中村教授はペプチドワクチン開発の全国的な中心人物の一人であり、一面に記事を出すにも十分なネームバリューがあります。しかし、本件のペプチド開発者は実は別人であり、特許にも中村教授は関与していません。臨床試験に必要な品質でペプチドを作成することは非常に高価であるために、特区としてペプチド供給元となる責任者の立場です。これらの情報も、取材過程で明らかにしてきたにもかかわらず、敢えて事実誤認するのには、何か事情があるのでしょうか。

その4:部分的な言葉の引用
朝日新聞の取材に対する厚生労働省のコメントとして「早急に伝えるべきだ」との見解が掲載されています。しかし、「因果関係が疑われるとすれば」というような前置きが通常はあるはずであり、それを削除して引用することにより、医科研の対応に問題があったと厚生労働省が判断したかのようミスリードを演出した可能性があります。

以上のように、朝日新聞朝刊のトップ記事を書くために、医科学研究所では臨床試験の被験者に不利益をもたらす重大な事象さえ他施設に伝えることなく放置しているというストーリーを医科学研究所が提供した情報の勝手な取捨選択と勝手な事実誤認を結び付けることにより作ったと考えざるを得ません。これほどまでしなければならなかった出河編集委員の目的は何なのでしょうか?それが解説として述べられている出河編集委員の主張にあると思われます。出河編集委員はこの解説を1 面で書きたい為に、医科学研究所で不適切ながんワクチンの臨床試験が行われたという如何にも大きな悪があるというイメージを仕立て上げなければならなかったのではないかと想像します。解説部分では、臨床試験では法的な縛りがないので、患者に伝えられるべき重要な副作用情報が開発者の利害関係によって今回の医科学研究所の例に見られ得るように患者や医療関係者に伝えられないことがあるということを主張し、だから一律に法規制を掛けるべきだという、彼の従来の主張を繰り返しています。適否は別にして、この議論は今回の医科学研究所の例を引くまでもなく成り立つことです。しかし、医科学研究所の臨床試験に対する創作的な記事を書くことにより、医科学研究所の臨床試験のみならず我が国の医療開発に対して強引な急ブレーキを掛けようとしているだけでなく、標準的な治療法を失った多くのがん患者さんが臨床試験に期待せざるを得ない現在の状況をまったく考慮していません。このことは自らがん患者である片木美穂さんのMRIC への投稿<http://medg.jp/mt/2010/10/vol-325.html#more>に的確に述べられていると思います。
今回の朝日新聞の記事を見るとき、かなり昔のことですが、高邁な自然保護の主張を訴えるために自ら沖縄のサンゴ礁に傷つけた事件があったことをつい思い出してしまいます。
今回、傷つけられたのは、医科学研究所における臨床試験にかかわる本当の姿であり、医療開発に携わる研究者たちであり、更には新しい医療に希望をつなごうとしている全国の患者の気持ちです。
法規制論議についてはマスコミの取材と記事についても医療倫理と同様のことが言えるのではないかと思います。沖縄の事件のように事実を捏造して記事を書くのは論外ですが、事実や個人の発言をいったんバラバラにして、あとで断片をつなぎ合わせる手法を用いればかなりの話を創作することは可能です。これらも捏造に近いと思いますが、許せる範囲のものからかなり事実と乖離したグレーなものまであるでしょう。しかし、新聞記事の影響は絶大であり、これで被害が及ぶ人たちのことを考えればキッチリと法的に規制をかけて罰則を整えないと、報道被害をなくすることはできないと言う意見も出てきそうです。しかし、そういった議論があまり健全でないことは言うに及びません。社会には法的な規制がかけにくい先端部分で新しい発展が生まれ、人類に貢献し、社会の健全性が保たれる仕組みとなることも多々あります。無論そこでは関係者の高いモラルと善意が必要であることは言うまでもありません。
今回の報道では、新しい医療開発に取り組む多くのまじめな研究者・医師が傷つき、多くのがん患者が動揺を感じ、大きな不安を抱えたままとなっている現状を忘れるべきではないでしょう。朝日新聞は10 月16 日に、「医科学研究所は今回の出血を他施設に伝えるべきであった」という社説をもう一度掲げて、「研究者の良心が問われる」という表題を付けています。良心は自らを振り返りつつ問うべき問題であり、自説を主張するためには手段を選ばない記事を書いた記者の良心はどこに行ったのでしょうか。また、朝日新聞という大組織が今回のような常軌を逸した記事を1 面に掲載したことが正しいと判断するのであれば別ですが、そうでなければ社内におけるチェックシステムが機能していないということではないでしょうか。権力を持つ者が自ら作ったストーリーに執着するあまり、大きな過ちを犯したケースは大阪地検特捜部であったばかりです。高い専門性の職業にかかわるものとして常に意識すべき問題が改めて提起されたと考えます。
朝日新聞に対しては今回の報道の十分な検証と事実関係の早期の訂正を求めたいと思います。

正直、ここまでは予想通りというか、「いつものこと」としか私は感じていませんでした
しかし、ここから予想外のことが起きました
学会の抗議声明よりも前に、患者団体(41団体連名!)がマスコミに反撃に出たのです


平成22年10月20日
がん臨床研究の適切な推進に関する声明文
がん患者団体有志一同

「がん患者は、がんの進行や再発の不安、先のことが考えられない辛さなどと向き合いながら、新たな治療法の開発に期待を寄せつつ、一日一日を大切に生きています」。2007年に胸腺がんで亡くなった故山本孝史参議院議員は、参議院本会議にてこう演説しました。日本では二人に一人ががんを発症し、三人に一人ががんで亡くなるといわれる中で、新たな治療法や治療薬の開発は、多くのがん患者にとって大きな願いです。
新たな治療法や治療薬の開発のためには、基礎研究から始まり、がん患者さんを対象にした治験や臨床試験など、長い研究過程が不可欠です。特に、がんの患者さんを対象にした臨床研究は、がんの治療成績の向上と治療の安全性の確認のために、重要な役割を担っています。現在のがん治療成績の向上は、多額のがん研究予算と、多くの研究者や医療者による尽力、そして臨床試験への多くのがん患者さんの尊い参画によって得られています。
治験や臨床試験では、一定のリスクがあることも忘れてはなりません。がん患者さんが参画する治験や臨床試験において、被験者の保護には十分すぎるほどの配慮が不可欠です。一方で、治験や臨床試験のリスクについては、正しい理解と適切な検証が必要であり、不確かな情報や不十分な検証に基づいて、治験や臨床試験のリスクが評価されるべきではありません。特に、東京大学医科学研究所の臨床研究に関する報道を受けて、当該臨床研究のみならず、他のがん臨床研究の停止という事態が生じており、がん臨床研究の停滞が生じることを強く憂慮します。
私たちは、がん患者の命を救うがん臨床研究の適切な推進に向けて、以下の声明を表明たします。


・がん患者の命を救うがん臨床研究が、適切に推進されるとともに、その推進にあたって必要な国のがん研究予算が、根拠とオープンな議論に基づいて拡充されることを求めます。
・がん臨床研究の推進にあたっては、臨床研究に参画する被験者の保護が、十分に行われること、被験者の保護については、情報が広く開示されるとともに、事実と客観性に基づいて、専門家によるオープンな議論と検証が行われることを求めます
・臨床試験による有害事象などの報道に関しては、がん患者も含む一般国民の視点を考え、誤解を与えるような不適切な報道ではなく、事実をわかりやすく伝えるよう、冷静な報道をお願いします。
以上

(※)なお、本声明の発表にあたっては、厚生労働記者クラブにおける記者会見を10月18日に要請したところ、記者クラブの当番社より「協議の末、お受けできない」との回答を得たことを申し添えます。


何よりも驚きなのは、患者団体のフットワークの軽さです
41もの患者団体が、朝日報道の3日後にはすでに記者会見の準備をできていたという事実に、今回の騒動の恐ろしさを感じました
普段ばらばらに活動している団体が、これだけの短期間に手を組み厚労省で記者会見を行うというのは、患者会に関わってる人間だからこそ「異例」だと思います
そして、患者会と関わりのある人間だからこそ言えることがもう一つあります
それは、患者会というのは自分や大切な人の存在をかけて活動をしている人が中心メンバーであり、絶対に正当性もなく敵にしてはいけないと言うことです
今回の朝日の言いがかりとも言える不用意な報道が、患者に不要な不安を与えたことに対する患者会の怒りを感じます

しかし、気になるのは患者会の要請を断った記者クラブですね
結局、日比谷クラブで会見を行ったようですが、私にはどうもこの辺の力学は門外漢でわかりませんが、なにがあったのでしょうね?
その辺に詳しい人がいらっしゃいましたら、こっそりお教え頂けないでしょうか?


今回の朝日の最大の読み違えは、この41もの患者団体を敵に回してしまったことでしょう
殺一警百という言葉がありますが、警告を受けたのは医療機関ではなく、マスコミの方でした

ちなみに、現在までに私が確認している限りでは医科研、患者会、学会の反論に対してマスコミはいかなる反応も示しておりません

2010年10月17日日曜日

経営者中心型社会

四国新聞が非常に興味深い記事を書いて下さいました



10月15日付・コンビニ診療
2010/10/15 09:18

 政府が昨年発足させた行政刷新会議。「規制・制度改革に関する分科会」の作業部会に37歳の医師が起用されることになった。部会には医学界の大御所など、そうそうたる委員が名を連ねる。そこにほぼ無名の若手医師が選ばれた理由は、「コンビニ診療」だった。
 東京都内のJR立川駅改札からわずか30秒の「ナビタスクリニック立川」の院長、久住英二医師。2008年にJR東日本の要望で駅舎内にクリニックを開設、平日の夜10時まで営業しており、通勤帰りのサラリーマンなどがコンビニ感覚で利用できる。
 06年に仲間と新宿駅西口の雑居ビルで実験的に、夜間まで診療を行う小規模な診療所を開設。平日夕方6時から夜間3時間の利用者が1日平均20人にも上ったことから、「コンビニ診療」のニーズを実感したという。
 今年2月、同クリニックを行政刷新担当相就任前の蓮舫氏が視察。日本のワクチン治療が欧米より遅れており、硬直的な医療行政の問題点を指摘する久住医師に蓮舫氏が熱心に耳を傾け、作業部会入りにつながった。
 医師不足が深刻化する一方、市民の生活スタイルの多様化に伴い、医療サービスへのニーズが変容する現代社会。「医療資源の適正配分が不可欠」と訴える久住医師は「夜間でも待ち時間が少なく、嫌な顔ひとつされずに受診できるコンビニ診療」の重要性を力説する。
 ただコスト負担などの問題も絡み、前途は不透明。「消費者中心型社会」実現の試金石として、しばし注目したい。(K)



そんな、ジムストライカーみたいな超限定運用前提の診療所が経営的にやってけるのかという問題については、勤務医開業つれづれ日記様が指摘されてますが、私は別の方面から切り込んでみたいと思います。


行政刷新会議に参加されることになった久住様ですが、実はMRICの方で連載をされてます
http://www.dr-10.com/column/index.php?ccid=45&PHPSESSID=28656baa6fbdc079540c55ab86d336a6
これらの連載を拝見する限りでは、非常に見識のある方のようで、新聞記事にあるように単純に夜間診療の充実を力説されてるとは思えませんが、久住様にしてもこの記者にしても、一つ陥穽があるように思います。


確かに夜間診療の需要はあるでしょう
しかし、そこで見ることができるのは、ぶっちゃけ風邪くらいでしょう
その程度であれば、「夜遅くまでやってるドラッグストアでアスピリンでも買って飲んで寝てろ」と言いたいのが勤務医の本音ではないでしょうか?
大学病院などに夜間救急で来られる方に対してさえ、血液検査すら「命に関わるかどうかの最低限」しか検査できません
「命に関わるから即入院or明日の朝~科に来て下さい」しか言えないのが夜間診療の現実です
ちなみに会計すら後日ですので


夜間診療中心で利益出すなら、ちょっとがんばって、合併症がない高脂血症や高血圧の薬をルーチンで出すくらいでしょうか?
まぁ、そんな薬をどこまで院内に置いておくのかって突っ込みはありますがね
夜間は検査部だけでなく、調剤薬局も閉まっていることをお忘れなく
医師だけで医療ができる時代は、もう終わってます


医療とコンビニの最大の違いは、コンビニは1人の学生のバイトで短時間に何人もさばけますが、医療は一人の患者の治療をするために医師・事務・コメディカル・ナースと何人ものプロが必要と言うことです
医療を他の業種に当てはめるなら、コンビニではなく料亭か旅館です。ホテルですらないんです



「医療資源の適正配分」を言うならば、医師もコメディカルも不足している中で、「昼と夜のどちらに重点的に配分するか」「夜間診療中心の診療所と地域中核病院のどちらに医師が必要か」という問題に、議論の余地はあるでしょうか?



そして、もう一つ問題があります
病院に通わなきゃいけないような人間が、病院に行けないくらい日中働きに行かなければならないという前提に、なぜ誰も根本的な疑問を持たないのでしょうか?
そんな、オイル漏れしている車を時速180kmで走らせながら修理するみたいなことを、日本人は機械に対してはしないのに人間には平気でします
「夜間診療という需要」は、記者の言うような「消費者中心型社会」ではなく、「経営者中心型社会」の証明です
日本の労働環境が間違っていることの証であり、社会病です
その社会病を肯定することは正しいのでしょうか?


厚労省は相変わらず医療部門と労働部門が分裂しているようですが(http://lohasmedical.jp/news/2010/10/16182036.php)、労働改善なくして厚生の改善はあり得ません
ワークシェアリング進めて、そこそこの給料だけども人間らしい生活を送るようになるだけで医療費減ると思うんですけど?


PS:ロハスメディカルのリンク記事に中医協で「救急に従事する医師等の範囲は不明確」ってなってますけど、救急に関与しない勤務医なんているんですかね?w

2010年10月12日火曜日

これから「労働力」の話をしよう

厚労省の医師2.4万人不足報道から日も経ち、だいぶ落ち着いてきたところで日医と全国医師ユニオンが対称的な声明を出したので紹介したいと思います

まず日医ですが声明の原文はこちら
http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20101006_11.pdf
http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20101006_12.pdf

報道では、日医は偏在を強調という内容ばかりが目立ち、そのことについてネットで批判されてますが、このpdf見るとそれらの報道や批判はいささか的外れと思わざるを得ません
日医の主張を要約すると
1.現在、医師数不足と偏在の二つの問題がある
2.医師不足数は日医の調査と厚労省の調査はほぼ同じ
3.しかし、2万数千人程度の不足なら、既に増員された定員で2020年には充足される
4.故に医学部新設は不要
5.というわけで残る問題は偏在です

という理屈なので、一応、筋は通ってるんですね
厚労省と日医の調査結果が100%信用できるなら、ですが…(厚労省の調査者が調査の不完全性を認めてるので、自然と結論も間違ってることになるのですがw)
これについては、既得権益の保護という目的はもちろんあるんでしょうが、それよりは厚労省へのゴマすりのようにも見えますねぇ

ちなみに医学部新設については、看護短大形式で各大学10名程度であればそれも可能でしょうが、日医の推測にあるような1学年120人とかはどう考えても無茶苦茶で、厚労省無視して強行しようとする文科省大臣は、ゴシップ見るまでもなく大学との「不適切な関係」を疑いたくなりますw
つーか、厚労省無視して医学部増やしても、国試合格者は絶対増えないのですがwここ、重要です


さて、一方のユニオンですが、原文はこちら
http://union.or.jp/30/2010107.html

言ってる事は前回の私の主張とほぼ同じですが、私が一つ見落としていたことが指摘されてます
今回の調査は、あくまで求人数ですので、
「すでに病院がない地域では必要医師数は0とされてしまう」
わけですね…いや、これは盲点でした
まあ、そういう地域に診療所はともかく病院を維持するべきなのかって別の議論はありますがw

で、日医とユニオンで対称的なのは、
日医:必要医師数は1.1倍 

VS 

ユニオン:必要医師数は1.5倍
ってとこですね。

これについては、私は明確にユニオンを支持します
理由ですが、皆さん以外と気づかれてないようですが、医師を1.1倍にしても労働力は1.1倍にならないですよ?だって、女性医師が増えますから
(という風に書くと勘違いされそうですが、別に私は女性蔑視ではありません。21世紀にもなって、子育てしながら働けない環境の方がおかしいのですが、それと計算は別問題として切り離します)
ちょっと計算しましょうか
日本の女性医師数は2004年で16.8%です。現在は、まぁ今は多少増えてるでしょうし、計算しやすいので下駄履かせて20%としておきます。しかし、今は医学生の男女比はそれどころではなく、半々に近づいています
現在の医師数をX、男性の労働力をA、女性の労働力を0.6Aとしましょう
現在の労働力はX×0.8×A+X×0.2×0.6A=0.8XA+0.12XA=0.92XAです

では将来、医師数が1.1Xになったとしましょう。男女比はもちろん半々です
1.1X×0.5×A+1.1X×0.5×0.6A=0.55XA+0.30XA=0.85XA

…おや?医師数は1.1倍になったのに、医師の労働力は低下してますね?

ではOECD並に医師数を1.5倍に増やしましょう
1.5X×0.5×A+1.5X×0.5×0.6A=0.75XA+0.45XA=1.2XA
これでやっと労働力が1.2倍になり、現在不足している労働力を何とか補えるレベルになりましたね


不足しているのは労働力です。単なる数の問題ではありません。それは決して間違えてはいけないのです
 そこのところに言及する医師組織が見当たらないのが非常に気がかりです…

2010年10月3日日曜日

これから「医師数」の話をしよう

マスゴミの方もあらかた沈静化したようですが、先日発表された「病院等における必要医師数実態調査の概況」について、落ち着いて原本を使って分析してみましょう
今回はレトリックが多用されてますので気をつけて下さい

まず、アブストラクトですが

病院等における必要医師数実態調査の概況
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000000ssez.html

本調査は、全国統一的な方法により各医療機関が必要と考えている医師数の調査を行うことで、地域別・診療科別の必要医師数の実態等を把握し、医師確保対策を一層効果的に推進していくための基礎資料を得ることを目的としたものであり、厚生労働省が実施した調査としては初めてのものです。
調査の概況は以下の通りです。今後、「病床規模別の必要求人医師数」などを分析し、年内を目途に詳細な調査結果を公表する予定です。
なお、本調査の結果は、医療機関から提出された人数をそのまま集計したものです。

【調査対象】
全国すべての病院及び分娩取扱い診療所  計10,262施設(回収率84.8%)(P.1)

【調査結果のポイント】
○ 必要求人医師数は18,288人であり、現員医師数と必要求人医師数の合計数は、現員医師数の1.11倍であった。また、調査時点において求人していないが、医療機関が必要と考えている必要非求人医師数を含めた必要医師数は24,033人であり、現員医師数と必要医師数の合計数は、現員医師数の1.14倍であった。(以下の倍率は、すべて「現員医師数に対する倍率」である)。(P.3)
  ・必要求人医師数 18,288人〈現員医師数 167,063人〉(1.11倍)
  ・必要医師数   24,033人〈現員医師数 167,063人〉(1.14倍)
○ 必要求人医師数、必要医師数ともに都道府県の現員医師数に対する倍率には地域差が見られた。(P.4~6)
○ 必要求人医師数、必要医師数ともに診療科の現員医師数に対する倍率には差が見られた。(P.8~10)
○ 必要求人医師の求人理由・求人方法で回答数が多いものは、次のとおりであった。(P.10~11)
・求人理由:「現員医師の負担軽減(入院又は外来患者数が多い)」27.8%、「退職医師の補充」17.5%、「現員医師の負担軽減(日直・宿直が多い)」16.2%
・求人方法:「大学(医局等)へ依頼」28.2%、「インターネットへ掲載」が24.1%、「民間業者へ依頼」19.0%

(注)本調査は、平成22年6月1日現在において全国の病院等が必要と考えている医師数の調査を行ったものであり、今後の医師確保対策のあり方については、本調査結果のほか、様々な制度のあり方、諸外国の状況等を踏まえ検討していく。


となっております。
なんであんなにメディアが騒いだのか理解できないんですが、この調査は要するに、医師の求人倍率を都道府県ごとに出したって言うだけの代物です

で、ここでまず一つ、落とし穴があります。それはタイトルです
「病院等における必要医師数実態調査の概況」
となってますが、この意味は文章中に何度も繰り返されており、ご丁寧に最後に注意まで書いてあります
重要ですので、もう一度転載しましょう


(注)本調査は、平成22年6月1日現在において全国の病院等が必要と考えている医師数の調査を行ったものであり、今後の医師確保対策のあり方については、本調査結果のほか、様々な制度のあり方、諸外国の状況等を踏まえ検討していく。


ここは絶対に勘違いしてはいけないところで、
この調査は「今の医療制度化で、今ある病院にとって、今この瞬間に経営上理想的な医師数」を求めただけです
「地域医療を維持するために必要な数」でもなければ、
「医師を労基法準拠させるためには後何人必要か」でもありません
それは「この調査結果をもとにこれから考えること」なんです。

そのことは、非常に単純な事実のみで証明できます
1年前の民主党のマニフェストをまだもっている方は確認して頂きたいのですが、
OECD平均並みの医師数にするには、2006年時点でさえ、日本は医師は13万人不足しているのです
たかが1~2割程度の医師不足だったら、こんな医療崩壊とか言ってません


今回の調査は、医師の求人倍率を調べたものであり、それ以上でもそれ以下でもありません
ですが、この結果を恣意的に利用しようとするいくつかの派閥がいます

まずは厚労省の方では、この求人倍率が最低が東京の1.08倍で、最大が岩手の1.4倍であったことを利用して「偏在」を叫び、医師の強制配置と天下り用の調整機関をつくろうとしてます(http://firstpenguindoc.blogspot.com/2010/08/blog-post_30.html)
これが欺瞞でしかないことは、pdfで公開されてる調査結果の原本みれば一発なんですけどね…
医師不足を求人「倍率」ではなく求人「数」でみると、最も不足しているのは東京の1656人です。次が大阪の1219人。ちなみに岩手は640人です。
1600人って、医学部2~3校分ですよ?
この状況で、じゃあ偏在しているから東京から岩手に医師を送れとか言う人、います?
この調査結果は「偏在」ではなく「医師不足は日本中に平等に存在する」と考えるべきでしょう
「医師確保対策」は「仁義なき共食い」でしかないのです


しかし、もう一つの派閥はちとやっかいです
文科省の医学部新設を叫んでる一派です…(つーか民主党内部の一派でもあるんですが…)
2.4万か13万かはともかく、医師は足りないんだから医学部増やせと言う(表向きは)単純な理屈なんで、非常に止めさせるのは難しいんですが
まぁ、医学部新設がいかに無謀であるかは過去ログ参照して下さい
http://firstpenguindoc.blogspot.com/2010/08/blog-post.html


なんにせよ、本調査には調査目的を離れた結論をつけられることで、以下の3つの危険性がつきまといます
1.医師不足数が2.4万人に過小評価されてしまう
2.「偏在」の根拠に使われてしまう
3.医学部新設の論拠にされる

これらは、官僚にとっての利益になっても、現場の医師には負担にしかならない結論です
途上国の医師を呼ぶという案が表に出てこないのが不思議ですが、看護師でコケてるから流石に自重したんですかね?


では、どんな結論なら妥当なのか?
これには、コペルニクス的な発想の転換が必要です


実は「医師不足」ではなく「病院過剰」ではないのか?


この結論は、福祉的思考ではアウトであり、官僚も政治家も絶対認めないでしょう
しかし、軍事的な思考ではこれが正解で、直近の問題に対処するにはこれしかあり得ません

本調査をもとに医師不足が存在すると言うには、「現在の病院数および病床数は妥当である」という前提命題が必要です
でも、その前提が成立しないことは調査結果の注意に婉曲的に書かれています

また、万単位の医師を充足させるだけの「医師過剰地域」は存在しませんし、今から育成機関つくって学生が一人前になるまで医師も患者も待てません
医師が後2.4万人いれば医療は守れるというのは、沖田総司が2.4万人いれば幕府は勝ったというのと同じくらいアホなことです



今すぐに必要なのは、病院数にあった医師数を確保しようとすることではなく、医師数にあった医療体制にすることです
医師を増やすのも調整するのも、その後の話です