2010年12月11日土曜日

箱は開かれた

朝日がんワクチン騒動、事前情報通り中村氏らが朝日を名誉毀損で訴えました。

がんワクチン報道で朝日新聞を提訴、東大医科研・中村教授ら
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/31331.html

これに対する朝日の「反論」は相変わらず意図的としか思えないほど歯車がかみ合ってないのですが
http://www.asahi.com/health/news/TKY201012080427.html
この先は裁判所でのバトルになるので、今回は朝日がんワクチン騒動の方をやろうと思ってたんですが、予定変更して時間外訴訟の続報に行きたいと思います。


奈良県の時間外労働訴訟が最高裁までもつれ込んだことは前回書きましたが、その後、全国でこれに呼応するかのような報道がされました


東大病院など違法超過勤務、是正勧告8回
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101208-OYT1T00155.htm
京都府立医大 残業代3億円支払わず
http://www.sponichi.co.jp/society/flash/KFullFlash20101207059.html
(岩手)県立病院、違法時間外労働22年 労使協定結ばず
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20101208_2
和歌山県立医大病院が残業割増分6000万円未払い
http://www.asahi.com/job/news/OSK201012060123.html

他にも報道されてるかも知れませんが、フォローできたのはこれだけです
大学3件、自治体病院1件ですが、興味深いのは労基署はこれらに「以前から」是正勧告をしていたと言うことです
つまり、違法状態は認識していたが、手は出せなかったということでしょうか?
特に大学の場合、人事院が「見て見ぬふり」をしていた問題に、独法化を機に労基署が「大学病院といえども例外ではない」と踏み込んできたと言うことでしょうか?

奈良県の行き先次第では、ビッグバンが起こる可能性は充分にあると言うことです
(もっとも、一票の格差論争にみたいに延々訴訟が続く可能性の方が大ですが)

さて、ここで各病院の言い分を聞いてみましょう
まずは各ブログで既に散々叩かれてる東大ですが

 同大によると、是正勧告を受けたのは、付属病院が4回、医科研が2回、医学部と研究協力部が各1回の計8回。うち付属病院の未払い賃金額は約7457万円と全体の7割以上を占めた。04年以降、ほぼ毎年勧告を受け続けており、労基法違反が常態化していた。
 労使協定で定めた時間外労働の上限は、急患対応や入試などの特別事情を除き月45時間。しかし、職員や上司が、時間外労働として報告すべき残業を「自主研究」と勘違いして報告しなかったりして、正確な勤務状況を把握していなかったという。同大は未払い分を全額支払い済みだが、「勧告を誠実に受け止め改めて周知徹底する」(同大本部広報課)としている。


とんでもねーくらい開き直ってますなw
しかも東大のいう「全額」というのが本当に「全額」であるわけはないでしょう
時間外労働が月45時間で済んでると誰が信じます?(「急患対応」って便利な言葉ですよねw)
仮にこの言い分が正しいとしてもですね、
研究は労働時間ではないって『大学』でありながら何言ってるんでしょうか?
東大ですら研究者は減少していると騒がれていますが、東大ですらこういう状態で、日本の医学研究が発展すると本気で思っているんでしょうか?




次、京都府立医大


 大学によると、医師と同病院の間で時間外労働に関する協定がなく、2007年12月と09年10月に当直手当以外の賃金が支払われていないとして是正勧告を受けた。大学側は08年4月の法人化以降の時間外労働のうち、約1億6000万円をすでに支払い、残りも本年度中に支払うという。
 大学は「09年12月に時間外労働に関する規約をつくり、現在は適正に支払っている」としている。

「規約」の内容が非常に気になるところですが、情報不足すぎてあまり突っ込めませんが、医師に1億6000万払ったのなら、マシな方なのでしょうか?


次、和歌山県立医大病院


 大学総務課などによると、2009年6~8月、医師や職員の超勤手当を払っていなかったとして同年10月に是正勧告を受け、283人に計5617万円を支給した。紀北分院(同県かつらぎ町)も08年11月に是正勧告を受け、82人に計414万円を払った。
 同病院では、外来患者への対応や緊急手術などの際は超勤手当を支払っているが、それ以外の時間は当直手当のみとしている。現在も運用は変えていないといい、担当者は「直ちに運用を変えると経営が立ちゆかなくなる。今後の対応は決まっていない」と話している。

どうやら、奈良県と運命を共にすると言うことだそうです
最後、岩手県立病院

 県医療局によると、36協定は今年3月30日に再締結され、違法状態は解消した。医師を除く残業の上限時間は1カ月20時間、年間240時間とした。 5月1日現在の医療局職員は4742人で、管理職約120人を除く約4600人が36協定の対象となる。


医師は?
ねぇ、医師は??  


来週は学会のため休刊するかも知れませんが、次回はよほど大事件が起きない限りは
「モチベーション3.0からみた日本の医療の変化」を
考察したいと思います

2010年12月5日日曜日

パンドラの箱となった奈良県時間外労働裁判

先日の

バグだらけの医療体制と当直問題高裁判決
http://firstpenguindoc.blogspot.com/2010/11/blog-post_21.html

の続きです
奈良県の産科医が訴えた「『医療法上の当直』は時間外勤務か」を争う裁判、高裁は「『医療法上の当直』=『労基法上の当直』ではない」という働く側からすれば当たり前の、しかし画期的な判決を出しました

これに対して奈良県はどうしてくるかと思いきや、ネット医師の期待を裏切らず、最高裁まで持って行ってくれましたw
まずは奈良県の言い分を確認しましょう


時間外手当裁判、奈良県が上告したわけ
「奈良県だけの問題ではない、上級審に慎重な判断を求めたい」
2010年12月1日 橋本佳子(m3.com編集長)
 「この裁判では、(訴訟の対象となっている)2004年、2005年当時のことを争っているわけだが、その後、医師の処遇改善などを行った。しかし、大阪高裁判決は、現在の体制でもまだ不十分ということになる。また医師の労働環境を守ることと、地域住民の健康生命を守ることは、ジレンマに陥ることでもある。今回の判決を踏まえると、県では対応が困難であり、厳しい医師の労働環境、全国の救急医療の状況、医師の需給状況などの現実的な状況、さらにはこの判決が社会に与える影響を踏まえた上での慎重な判断を上級裁判所に求めたい」
 奈良県医療政策部長の武末文男氏は、11月30日の記者会見でこう説明した。同県は、奈良県立奈良病院の二人の産婦人科医が、未払いだった時間外手当(時間外・休日労働に対する割増賃金)の支給を求めた裁判の大阪高裁判決を不服とし、上告期限の30日、最高裁に上告した。


内容としては、前回指摘したのと以下同文の問題のすり替えですね
奈良県が何を言おうが、36協定なしにただ働きさせていた事実は変わりません
奈良県の主張は、36協定結んで全力でそれを遵守して金を払ってた病院が、労基署に労働時間を突っ込まれて初めて言って許される話です

しかし、最高に傑作なのは

医師の労働環境を守ることと、地域住民の健康生命を守ることは、ジレンマに陥ることでもある

という一言ですね
徹夜明けの思考力は飲酒状態に匹敵するという論文を引用して、医療安全上ありえないっていうか、むしろ地域住民の健康リスクになりかねないとか展開しようかと思いましたが、冷静に考えればそこまでする必要もない話でした
何故か毎度毎度「ただし医師は除く」のマジックで誤魔化されそうですが、このセリフを他業種に当てはめてみると非常にあり得ない話であることがわかります


派遣社員の労働環境を守ることと、企業の成長を守ることは、ジレンマに陥ることでもある
地域住民の生活環境を守ることと、企業の成長を守ることは、ジレンマに陥ることでもある 



とか言うセリフを経団連や内閣が言ったらどうなりますか?
まぁ誰かは腹を切ることになるでしょう
たった一言で奈良の医療に止めを刺しかねない魔術ですが、医療崩壊の聖地の名は伊達ではありませんでしたね…

日本医療の最大の間違いは、医療者も管理者も、医療と医師を同一視していることです
医師は医療の行為者ではありますが、それだけです

「医師法」として医師に義務づけられていることと、
「医療法」として都道府県や医療機関に義務づけられていることと、
「労働基準法」として雇用者に義務づけられていることと、
この3つは明確に区別して理解しなければなりません
医療というシステムに要求されていることを、医師という個人に背負わせるのは恥だと知るべきです



しかし、今回奈良県が最高裁に持ち込んだのは、本当にパンドラの箱としかいいようがありません
7月に、小児科医の中原氏が過労の末に鬱となり自殺したのを労災認定と病院の責任を求めて起こされた裁判で、高裁は労災を認めながらも病院の責任は認めず、最高裁で和解させた件を思い出しました
http://www5f.biglobe.ne.jp/~nakahara/

恐らく、最高裁はこの時と同じようなロジックで来ると思われますので、別のところでした分析を引用します


最高裁までもつれ込んだ、小児科医過労自殺事件の民事裁判ですが、 かろうじて遺族敗訴は免れた…というところでしょうね
この手の話は、私の担当チームの先生が当時30代で夜勤中に過労死されてるので全く他人事じゃないんですが、 医師側の絶対的な基準で言えば「ふざけるな」という結論ですね
700万というところに反応される方も多いようですが、私が問題にしたいのは別のところです
まず、一審や二審の判定を継続して遺族敗訴にしなかったのは、流石に最高裁はそこまでバカではなかったと言うことでしょう
医師が法曹界にぶち切れてるのは流石に理解されてるようで、ここは大野病院事件以来の流れと見ていいかも知れません
しかし、では、何故「和解」なのか?
最高裁が本当に和解条項にあるように労基署の過労死認定を追認するのなら、「和解」である必要はなかったのです
本気で「過重な勤務条件の改善」に取り組ませたいのなら、遺族の逆転勝訴にするべきだったのです
でも、そうはしなかった
恐らく、「過労に伴う鬱病の自殺は使用者責任」という『最高裁判例』をつくるわけにいかなかったのだと思います
これは、医師だけでなく、一般の労働者にも適応されますからね
また、和解案に「医師不足や医師の過重負担を生じさせないことが国民の健康を守るために」とあることも気にかかります
確かに、現在の医師の労働時間は過労死ライン平気でこえてますからね
今の医師数で「過労死ラインを下回る労働環境」を最高裁が義務化すれば、「医師不足」に拍車がかかる(正確には表面化する)のは事実です
そこまで計算して「和解」に持ち込んだのであれば、最高裁としては可能な限りの妥協点であると言えるでしょう
しかし、妥協は所詮、妥協でしかないのです
結局のところ、この和解案は
「医師は生かさず殺さず使え」
という現状を追認したものに過ぎません
この和解は最悪ではないが、ただそれだけで、誰も救いません
つまり、現在のサボタージュ型地域医療崩壊は、これまで通り続くということです
医師だって、自分のことを考えない人のために、殉死なんてしたくはありませんから


最高裁としては、奈良に対してだいぶはらわた煮えくりかえってるんじゃないでしょうか?
法的には高裁判決に準じるほかありませんが、そうなれば当然地域病院は「これまで存在しないことにされていたコスト」を処理しなければならなくなります
そうなると、受診抑制を打ち出すしかないわけですが、CTAS(http://jsem.umin.ac.jp/ctas/index.html)など含めたシステム論ができる人間が最高裁にいるとは思えませんから、何言い出すかまったく想像ができません

最高裁が同じロジックで来るなら、やはり和解を狙うでしょうが、医師サイドは今回は地裁・高裁と勝ち進んできてるので、いまさら妥協してやる必要はありません
かといって、ここで逆転判決だせば問答無用で全国の医師の反発を招くこととなり、中原氏の裁判で和解にした意味がありません
どう転んでも、甚大な影響が出る判決になるであろうことは想像に難くありません


ところで、なんでここまでこじつけてまで奈良県の往生際が悪いか…と思っていたんですが、中原氏の記事を見つけたときに、すっかり忘れていた記事を偶然発見しました


産科医当直は違法な「時間外」…奈良県を書類送検

 奈良県立奈良病院(奈良市)に勤務する産科医の当直勤務は違法な時間外労働に当たるうえ、割増賃金も支払っていないとして、奈良労働基準監督署が、同病院を運営する県を労働基準法違反容疑で書類送検していたことがわかった。
 同病院は昨年4月、産科医2人が当直勤務に対して割増賃金の支給を求めた民事訴訟の奈良地裁判決で、計1540万円の支払いを命じられ、控訴審で係争中。公立病院の医師の勤務実態に関して、刑事責任を問われるのは異例という。
 捜査関係者らによると、同病院では、産科医らが当直中に分娩(ぶんべん)や緊急手術など通常業務を行っているが、病院は労基法上は時間外労働に相当するのに割増賃金を支払っていなかったうえ、同法36条に基づき、労使間で時間外労働や休日労働などを取り決める「36協定」も結ばず、法定労働時間を超えて勤務させた疑い。
 昨年4月の民事訴訟判決で、奈良地裁は「当直の約4分の1の時間は、分娩や緊急手術など通常業務を行っている」などとして、医師の当直勤務を時間外労働と初めて認め、割増賃金の支払いを命じた。判決後の同9月、県外に住む医師が県を労基法違反容疑で告発し、奈良労基署が調査を進め、今年5月に送検した。
 県は2004年から、36協定締結について労組側と協議したが、現在まで協定は締結されていない。ただし、県は06年の提訴後、2万円の当直手当に加え、当直中の急患や手術の時間に応じて割増賃金を支給し、当時5人だった産科医を7人に増員するなどの措置を取っている。
 武末文男・県医療政策部長は「書類送検されたことを重く受け止めており、協定をできるだけ早いうちに結びたい。割増賃金については、引き続き県の主張を説明する」としている。
 県立奈良病院は1977年開院。病床数は430床で、内科、外科、小児科など16の診療科がある。
(2010年7月9日10時58分 読売新聞)


要するに、奈良県の医療担当者と県知事は、労基法違反で刑事裁判(6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金)に問われているわけです(実は奈良県の医療がどうこうじゃなくて、単に我が身かわいさの悪あがきじゃなかろうか…)
この続報を聞いた覚えがないので、最高裁判決まで起訴を引っ張るつもりでしょうか?
労基署が何を考えているのかはわかりませんが、既に奈良県に退路は断たれていたわけですね
これが立件されれば、全国の知事に累が及ぶことになるわけです(公立病院の独法化が進みそうだな…)

根本的な解決策が提示されない限り、誰かが血を見る羽目になるのは間違いなさそうです