2010年7月10日土曜日

誰が子どもの守護者であるか

今回は、改正臓器移植法施行が迫る小児脳死について取り上げたいと思います
先日、このような記事が流れました


子ども提供、施行時は13% 体制整備に大きな遅れ 拒否の有無確認に課題も 全国の病院アンケート 【1】 2010年7月8日 提供:共同通信社 
 
 本人意思が不明でも、15歳未満を含め家族の承諾で脳死での臓器提供が可能となる改正臓器移植法が17日に施行される時点で、子どもの提供に対応できる病院は13%、「年内に可能」を合わせても28%にとどまることが、全国の提供病院への共同通信社のアンケートで7日、分かった。 改正法は昨年7月に成立したが、運用指針が決まったのは6月下旬で、各病院にはこれから説明するなど、厚生労働省の対応が遅れ、医療現場の体制が整っていない実態が明らかになった。
 本人が提供を拒否していなかったかどうかは、運用指針で家族への聞き取りなどによって確認すると定めているが「不十分」との回答が21%。「本人と家族の関係にもいろいろある」などの指摘が多かった。
 調査は、日本臓器移植ネットワークが昨年4月現在で施設名を公表している提供病院と、新たに加わる小児専門病院を合わせた337病院が対象。233病院(69%)から回答を得た。

 臓器提供への対応について回答した226病院のうち、「年齢にかかわらず対応できる」「大人はできないが、子どもはできる」を合わせると、85病院(38%)が子どもの提供に対応できるとした。だが時期は「改正法施行時」が29病院(13%)、「年内」が35病院(15%)で、年明け以降との回答もあった。「大人には対応できるが子どもはできない」は131病院(58%)、いずれも対応できないは10病院だった。
 233病院のうち、提供意思の確認は「救命不能と判断した段階で、その後の治療方針を説明する中で、一つの選択肢として提示する」が52%、「家族からの申し出がない限り、特に対応しない」が28%。「掲示物を検討」との回答もあった。
 虐待を受けた子どもからの臓器提供を防ぐための院内組織やマニュアルは30%が「準備した」と答えたが、43%は準備を進めていない。6歳未満の脳死判定は、48%は「自施設で可能」、20%は「他施設からの応援があれば可能」と回答した。

※臓器提供病院
 臓器移植法の運用指針で脳死者から臓器提供できると規定された病院。大学病院、日本救急医学会の指導医指定施設、日本脳神経外科学会の専門医訓練施設(A項)、救命救急センターの従来の4類型に、新たに小児専門病院など日本小児総合医療施設協議会の会員施設が加わり5類型になる。脳死判定ができ、倫理委員会で承認していることなどが条件で、18歳未満から提供する場合は、虐待を受けた子どもを提供者としないために、院内組織や対応マニュアルを整備する必要がある。

※改正臓器移植法

 脳死での臓器提供は15歳以上で本人の書面による意思表示が必要とする臓器移植法を改正、子どもを含め生前に拒否していなければ家族の承諾で提供できるようにした。昨年7月成立。提供拒否の意思は年齢に関係なく有効。本人が18歳未満の場合は、提供病院の委員会で虐待の疑いがないか確認し、疑いがあれば提供しない。脳死判定は2回の検査間隔が6歳以上は6時間以上、6歳未満は24時間以上。改正法のうち親や子、配偶者に優先提供できる規定は1月に施行、5月に初の適用例として夫から提供された角膜が妻へ移植された。

提供病院の負担減課題 【2】2010年7月8日 提供:共同通信社
 【解説】臓器移植法の改正は、国内で伸び悩む脳死移植の件数を増やす狙いだが、臓器提供を支える救急医療などの現場の負担は大きい。共同通信社のアンケートで提供に向けた医療現場の取り組みが十分進んでいないことが浮き彫りになったが、提供病院に体制整備を押しつけるだけでは問題は解決しない。
 移植医療を進めるには、国などが提供病院の負担軽減に向け、どのように支援するかが課題だ。
 アンケートで、中国地方のある医師は「臓器提供が進まない一番の理由は、現場の多くが提供にかかわることに積極的になれないからだ。臓器提供は、疲弊している救急現場にさらに追い打ちをかける」と断じた。
 この医師は「なぜ脳死判定を現場に委ねるのか」と疑問を投げ掛け、各地に専門の脳死判定チームを設置すれば提供病院の負担が大幅に減り、脳死判定の公正さや透明性も保たれると指摘した。
 日本臓器移植ネットワークのまとめでは、過去の脳死での提供で、主治医が患者を脳死状態と診断後、2回の法的脳死判定をして臓器が摘出されるまでの時間は平均40時間以上。
 2回の判定間隔を長くする6歳未満は60時間前後かかる計算で、虐待の有無に関する確認作業など、改正法で新たに増える負担も多い。このままでは臓器提供の増加は望めないばかりか、救急医療への大きな障害になりかねない。
  
虐待や家族対応に難しさ 第三者機関設置の提案も 【3】2010年7月8日 提供:共同通信社 
 
 改正臓器移植法で大きく変わるのは、15歳未満の臓器提供が可能になることだ。特に、これまで海外渡航しかなかった小さな子どもの心臓移植に道を開くことになるが、共同通信社のアンケートでは、子どもの提供は児童虐待や家族への対応が難しく、負担も大きいと考える病院が少なくなかった。
 虐待を受けた子どもからの提供を防ぐために設置が必要な院内組織について、中部地方の病院は「都道府県や地域ごとに設置すればよい」と提案。「第三者機関による公正な立場での話し合いができ、提供病院に精神的な負担を掛けることもない」と利点を挙げた。
 また「虐待への対応体制が医学的にも社会的にも低い日本の現状を早急に何とかすべきだ」(東北地方の病院)との危機感や、「虐待のチェックを提供病院に課すのは疑問」(関西地方の病院)との考えを示したり、「国レベルで専門家の支援システムが必要だ」とする指摘もあった。
 また子どもを失う家族は悲しみが大きく、臓器提供にはつながりにくいとの見方も強い。アンケートでは「家族の悲嘆が強く、脳死状態を受け入れることができないのでは」「家族は少しでも長くそばにいたいと思うことが多い。法律が変わっても臓器提供に同意する親はすぐには増えないと思う」などの回答があった。
 関西地方の病院は、提供に対応は可能としながらも「小児の死は家族は受け入れがたく、臓器提供は話しだしづらく、実施は困難」と、改正法に対応する医療現場の複雑な心境をうかがわせた。
 

明らかに医療現場を無視した、一方的な制度作成のツケを医療施設に押しつけられている形です。
虐待を受けた子どもからの臓器提供を防ぐための院内組織やマニュアルを自前でつくるなど、ただでさえギリギリの今の病院に、負担を増やすだけです。
また、「基準」が施設ごとに異なるというのは、許容される問題でしょうか?


一方で、こうした国の態度に明確にNoを示した施設も現れました。


歳未満、脳死判定せず 長野赤十字病院で方針  信濃毎日新聞 2010年7月8日(木)

 臓器移植法で臓器提供病院になっている長野赤十字病院(長野市)が、15歳未満を含めて家族の同意で臓器移植が可能になる改正法が17日に施行されても、6歳未満の子どもについては脳死判定を実施しない方針を固めたことが7日、分かった。厚生労働省が示している脳死判定ガイドラインでは「6歳未満の子どもに関して、きちんとした判定ができるのか疑問がある」と説明。同病院生命倫理委員会で正式決定する。
 信濃毎日新聞の取材に対し、斎藤隆史副院長(兼第1脳神経外科部長)が明らかにした。同病院の判断について厚生労働省は「病院の体制面の問題で判定を実施しないケースは多いが、ガイドラインへの疑問から6歳未満の脳死判定をやめる病院は聞いたことがない」(臓器移植対策室)としている。
改正法施行を目前にしても、子どもの脳死判定に対して現場の困惑が続いている実態がうかがえる。
 ガイドラインでは、6歳未満の子どもの脳死判定は自発呼吸がないことなどの確認を24時間空けて実施するよう定め、今年6月25日に公表した。同病院は斎藤副院長や複数の小児科医師らがガイドラインが適切かどうか検討した。
 斎藤副院長によると、脳死は頭蓋(ずがい)骨内の血圧が何らかの要因で高まって心臓から送り出される血圧を上回ることで脳に血液がめぐらなくなることで起きるが、斎藤副院長は「個人差はあるが、おおむね生後1年半ごろまでは頭蓋骨に『大泉門』と呼ばれるすき間があって、脳内の血圧が上がらない可能性がある。このため、実際に脳死が起こるのか疑問がある」と説明。
 さらに、小児の場合は脳死になっても長期間心臓が動き続ける「慢性脳死(長期脳死)」と呼ばれる状態になることがあるとし、「家族にとっては死ではないかもしれない。倫理面で議論が尽くされていない」と判断。「100%適切な判定基準だという結論には至らなかった」という。
 厚労省はこれに対し、「判定基準は約140例の症例を基に研究班を設けてつくった。見解の違い」と説明。ただ、「6歳未満を判定しなくても、臓器提供施設から外すことはない」としている。
 改正法への対応については、県内の6臓器提供施設のうち、諏訪赤十字(諏訪市)が「17日に向けて準備中」とする一方、信大(松本市)は「検討中」、昭和伊南総合(駒ケ根市)も「まだ決まっていない」としている。

大泉門の影響は私には判断できませんのでコメントは差し控えさせていただきますが、
長期脳死については脳死からの臓器提供が当たり前になった後に発覚した問題であり、欧米は意図的に目をそらしているようにも見えます。
現在、アメリカでは成人の脳死ガイドラインの改定中だそうですが、その脳死先進国のアメリカですら

95年にAANが発表した、脳死判定のための医学的基準を詳細に示した実践パラメーターが無効であることを示すエビデンスは見付からなかったが、一方で、現行の脳死判定基準がエビデンスベースであるとは言い難く、個々の脳死判定において臨床医に重要な判断が任されている現状があからさまになった。 

と発表したことは、脳死が一般に思われているほど整理されたものではないと言うことを示しています。
さらに、小児の脳の回復能力においても、十分な研究がされたかは疑問が残ります。

実際の「脳死患者」を見たことないと分からないと思いますが、「脳死」というのは半分言葉遊びです。
「機能的に死んでいる」というロジックをよく聞きますが、そうであるなら「心不全」は「心死」と言わなければなりません。肝不全や腎不全も以下同文です。
「脳死」は「法的には死亡」であっても「生物的には生存」しているのは決して否定できない事実なのです。
当人がそれは自分にとって死であると認めるなら、それもアリかも知れません。
しかし遺骨にすら人格を認める、世界的に特異な生命観を持つ日本で、 本人意志が不明瞭な小児の脳死をどうするか、あまりにも議論されなさ過ぎたと思います。

少なくとも、大学病院ですら「検討中」というのは非常に問題がある制度であると言えるのではないでしょうか?


特に問題なのは、虐待への対応です。
児童虐待の発見もまた一般に思われているほど整理されているわけではありません。

先日、院内で小児救急の講演がありましたが、病院での児童虐待の発見は初診から平均2週間かかるということでした。
脳死になってから短い時間で、しかも医療機関が単独で、どこまで確実に虐待死を発見できるのでしょうか?
どう考えても、医療機関の能力と権限を越えています。
医療機関、教育機関、児童相談所、警察、司法が連携する小児脳死の専門組織が必要でしょう。

「責任を持てない以上は脳死判定をしない」と表明することは、医療機関として責任ある態度であると私は考えます。
こうした「責任あるNo」を積み重ねることによって、日本流の小児移植医療はこれからできあがっていくでしょう 。


こういうことを言うと、では欧米ではどうしているのかという疑問も出てくるでしょう。
これについては、MRICから恐るべき記事が出ました。


Vol. 210 『ボストン便り』(14回目)「アメリカ社会と臓器移植」 
医療ガバナンス学会 (2010年6月16日 07:00) |
http://medg.jp/mt/2010/06/vol-210.html 
病死や事故や殺人、自殺に比べると数は少ないですが、アメリカでは幼児虐待の被害者も臓器ドナーになっています。1995年には49人、2000年には57人、2005年には68人、2007年には99人、2009年には105人の被虐待児が死体臓器ドナーとなっています。虐待によって死んだ子どものドナーの累計は697人です。アメリカでは18歳未満の子どもの場合、家族の承諾があれば臓器を提供することができます。
ちなみにアメリカでは子どもの虐待死自体も多く、2007年には1760人の子どもが虐待によって死亡しています。前回の「ボストン便り」では、子どもをひとりで留守番させただけで、アメリカではネグレクトという虐待と見なされると書きましたが、それは、死に至るほどひどい虐待が数多く行われている現状を改善するために、虐待の定義を厳しくしているのだと解釈されます。

正しくは、発覚した虐待死だけでこれだけの数があると言うことです。
これが、移植大国の現実です。
これを許容しているのがアメリカの社会であり、医療です。

虐待死からの移植は決して許さないと語る日本の小児医療は、悪なのでしょうか?
小児の心臓移植が欧米から遅れていることは、恥ずべき事なのでしょうか?

私たちが、社会が、こどもに継いでいくのは、命や金だけではありません。
そこには目に見えない文化や倫理、道徳というものもあります。

生命とは何なのか
人権とは何なのか
医療とは何なのか

医学や法律から離れて純粋に考え直さなければ、人類は取り返しのつかないところまで行ってしまうかも知れません。

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